今回は、高齢で認知症が疑われる母親に「贈与の意思」があったか否かを巡る兄弟間の裁判事例を紹介します。※本記事は株式会社メディカルリサーチ代表取締役・圓井順子氏の著書『人生のリスクを未然に防ぐ意思能力鑑定』(株式会社ザ・ブック)から一部を抜粋し、社会的トラブルを防ぐ「意思能力鑑定」、その活用法について事例を交えながら解説していきます。

母親の預金がないことに気づいた兄が激怒

遺産相続というと、テレビの2時間ドラマの題材のように、本妻と愛人の争いであるとか、実は隠し子がいて、その子に大金を渡すように遺言されていたといった、ドロドロとしたケースを多くの方々は思い描くかもしれません。

 

ところが実際にメディカルリサーチに持ち込まれるケースは、血縁者間の争いが大半となっています。実のきょうだいの間など、ごく近しい間での問題が多くなっています。相続額については先ほどご紹介した最高裁のデータと同様に、1千万円の保険金であるとか、比較的少額の相続をめぐる鑑定の依頼が目立ってきました。

 

メディカルリサーチが意思能力®鑑定のサービスを始めたのは2013年で、当初は数十億円とか数千億円の相続をめぐる依頼がほとんどでした。相続問題は、お金持ちだけの問題だと思われてきましたが、実はすべての人に起こりうる、切実な問題になってきているようです。高齢化が進み、認知症が増える中で、この傾向は今後も続いていくでしょう。

 

 事例1  1千万円の労災保険金をめぐるトラブルで兄が弟を訴えた

 

認知症と遺産相続の問題がどのように絡み、その解決の手段として意思能力®鑑定がどのような効力をもつかについて、実際の例でご説明しましょう。

 

この事例で争われた金額は1千万円で、労災で亡くなった父親の保険金でした。すべてを 80歳の母親が相続しましたが、同居の兄の目を盗み、弟が母親をそそのかして約2年間の間に全額を引き出させた疑いがあるというのです。

 

母親の預金残高がほとんどないことに気づいて激怒する兄に対し、弟は母親が孫たちのために生前贈与してくれたと主張しました。

 

亡父の労災保険は、弟が非課税の教育資金贈与信託の口座に全額預け、長男の大学入学金、さらに長女の専門学校の入学金のために引き出したほか、長男の運転免許取得のためにも使ってしまいました。「孫のために自分で判断したことだ」と弟は言いますが、母親は十数年前の脳梗塞の後遺障害で失語症があり、ほとんど言葉が話せません。認知症も強く疑われます。

 

弟が母親をだましたに違いないと、なんと兄は警察に盗難届を出したのです。

母親の意思で生前贈与が行われたどうかを「鑑定」

①弟が母親の意思能力®鑑定を依頼して兄と争う

 

困り果てた弟夫婦は弁護士に相談し、その弁護士からの依頼によりメディカルリサーチが母親に対して意思能力®鑑定を行うことになりました。弟が主張するように、母親の意思で生前贈与が行われたどうかの鑑定です。

 

当日は、メディカルリサーチの顧問の精神科医が母親に対して「精神科診断用構造化面談」を行いました。これは、精神科医が面談でさまざまな質問をし、本人が回答した内容が正しいかどうか、さらに回答時の本人の様子から、認知症または認知症以外の精神疾患が含まれていないかどうかを鑑定するものです。

 

母親は本当に自分の意思で孫のために生前贈与を行ったのでしょうか。精神科医は母親に教育資金贈与信託の通帳を見せ、さまざまな角度から質問をしました。誰のために作った口座ですか。あなたですか。それとも別の誰かですか。なぜ、お金をあげようと思ったのですか。最初にいくら入金したか覚えていますか。何回引き出したか覚えていますか……。

 

これらの質問は、遺言等の執行判断能力があるかどうかの意思能力®を評価するための質問です。

 

②DVDに収録した面談記録は裁判の証拠になる

 

母親の両隣に弟と弟の妻が座り、「そうよね」、「覚えているでしょう」、「わかるわよね」などと誘導しましたが、母親は何一つ答えることができませんでした。 言語障害があるとはいえ、うなずきなどでイエスかノーかの意思表示はできるはずですが、それすらおぼつかないのです。質問の意味を理解できないようでした。

 

決定的だったのは、孫の名前すら言えなかったこと。認知症がかなり進んでいると判断せざるを得ませんでした。

 

弟は満足せず再鑑定を要求し、そのとおりにしました。再鑑定を行うことはよくあります。認知症の症状は日によって変動があり、また、食後に昼寝をするので寝起きは記憶がはっきりしないといった生活習慣による日内変動もあります。 再鑑定前に弟は母親に受け答えの練習をさせたかもしれませんが、医師の目はだませません。結果は同じでした。

 

このように、メディカルリサーチは依頼人が誰であれ、公正中立な鑑定を行います。DVDに収録した面談記録は、裁判の証拠として通用します。

 

③依頼人が誰であれ公正中立な鑑定を行う

 

精神科医は認知症の鑑定でよく用いられる「長谷川式認知機能テスト」による知能評価も行いましたが、30点満点中の2点と、著しく点数が低かったのです。もはや認知症は疑いようがありません。それもかなり進行していることが明らかです。

 

焦点となる母親の意思能力®については、2年前に父親の労災保険金を全額、弟に渡してしまった当時すでに脳梗塞を発症して10年が経過していたことから、脳血管性の認知症が進んでいたため意思能力®がなかったという鑑定結果をメディカルリサーチが依頼人の弁護士に報告しました。

 

鑑定は、弟夫婦の意図した結果にはなりませんでした。裁判になったとしても、弟は兄との争いに勝つことができなかったでしょう。メディカルリサーチの依頼人の多くは弁護士や税理士といった代理人であり、遺産相続等の争いの当事者が依頼人になることは稀です。

 

代理人はもちろん、たとえ当事者が依頼人であったとしても、意思能力®鑑定が常に依頼人の思惑に左右されることはなく、あくまでも公正中立な鑑定を行います。

 

メディカルリサーチの意思能力®鑑定は、事例1で紹介したように、ご本人が存命の場合は、医師が面談して基本鑑定を行います。面談は、実際にご本人と会って行う方法のほか、インターネットを用いて医師、鑑定受診者、弊社スタッフの3者をリアルタイムでつなぐことにより、遠隔地でも可能な実施方法があります。

 

本鑑定は、

①認知機能評価「長谷川式認知機能テスト」による知能評価

②精神疾患診断「精神科診断用構造化面談」による診断評価

そして弊社オリジナルの③意思能力®評価「遺言等執行判断能力評価の構造面談」

による診断評価及びその他の方法を事例によって組み合わせて行います。

 

より厳正な鑑定の方法として、器質的脳機能評価があります。PET及びMRI検査による器質的(障害や病変の原因が特定できる状態)な脳機能の状態を評価することにより、一層精度の高い鑑定が行えます。鑑定の対象者が故人の場合は、過去に撮影したPET及びMRIのデータと主治医によるカルテ、介護記録などの記録を用いて鑑定することになります。

 

[図表1]メディカルリサーチの意思能力®鑑定の仕組み

 

[図表2]改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)

 

 

 

圓井 順子

メディカルリサーチ株式会社 代表取締役

 

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