決して容易ではない「自己資金」の確保
開業をスムーズに運ぶためには、何といっても、自己資金の確保が最優先事項となります。可能であるならば、医科で2000万円、歯科で1000万円を用意しておくことが望ましいのですが、開業時にこれだけの現金を自己資金で用意するのは容易なことではないでしょう。
現在50歳以上の開業医がまだ若かった時代においては、医師、歯科医師を問わず、勤務医であっても多額の給与収入を得ることができました。あるクライアントの歯科医師から、「もらったボーナス袋を覗くと300万円以上入っていて、テーブルの上に袋をまっすぐ立てることができた」という話を聞いたこともあります。
当時は歯科医院数も少なく、また自由診療収入も多かったので、歩合でもらっている歯科医師のボーナスはかなりの金額になったのです。こうした状況下でならば、2000万円の貯蓄など造作もないでしょうが、今は時代が違います。おそらく、「勤務医時代にそんないい思いをしたことなど一度だってない」というドクターがほとんどでしょう。
この例が示すように、かつてと比較すると開業までに得られる収入が少なくなっているため、実際、開業のご相談でドクターとお会いした際に「準備してある」という自己資金の額を聞いてみると500万円、さらにはそれ未満であることも珍しくありません。正直、「これでは厳しい」と思わずにはいられない金額なのですが、開業に至る経緯は人それぞれ異なります。
「先週、これ以上ない条件の物件を見つけた。このタイミングを絶対に逃したくない!」というように、たとえ自己資金が大きく不足していても、今、開業を決断せざるを得ないというケースもままあります。
そのような、やむにやまれぬ事情がある場合も含めて、現在、全額自己資金で開業するケースは皆無と言っても過言ではありません。そこで不足する開業資金について、銀行や信用組合など金融機関からの融資に頼ることになります。
銀行に「クリニック開業支援ローン」が登場
医師、歯科医師に対する金融機関からの融資に関して、かつては次のような事由で実行がなされず、開業をやむなく断念せざるを得ないこともありました。
有担保融資においては、担保物件に融資額に見合う担保余力が不足している場合や、あるいは共有者がいて、その同意が得られない場合等です。また無担保融資においては、親族以外のしかるべき第3連帯保証人の確保ができなかったり、あるいは確保ができた場合であっても年齢や資産背景等が条件に合致しない場合等です。
しかし幸いなことに、現在では、クリニック開業を全面的にバックアップしようという流れが金融機関の間で生まれてきています。今までの有担保ありきの融資スタンスではなく、無担保で無保証人もしくは配偶者等の法定相続人が保証人となればよいという開業支援ローンが一部の金融機関において積極的に打ち出されているのです。
具体例としては、メガバンクである「みずほ銀行」においては、「みずほクリニックアシスト」というドクター開業支援のために開発された画期的な商品があります。これは、運転資金、設備資金を合わせて、有担保融資上限1億円(ただし、運転資金は5000万円まで)、無担保融資上限5000万円という融資限度額を設定しており、連帯保証人は原則として不要です。
当該商品は、特にこれから開業しようというドクターに対する無担保融資において、そのアドバンテージが顕著であり、
①融資金額は、上限5000万円
②返済期間は、運転資金、設備資金ともに最長10年間(元本据置期間は最長1年間)
③融資金利(変動金利のみ)も0.5%前後からと低利(2016年3月現在)
④連帯保証人は原則不要
⑤団体信用生命保険料について金融機関サイドで負担
という内容となっています。
留意事項としては、
●保証会社である「シャープファイナンス株式会社」に対する保証料が発生する点(保証料は融資実行時に一括前払いとなり、繰上償還の場合には原則として返戻なし)
●診療報酬の入金指定が条件となり入金口座が返済用口座となる点(診療報酬担保ではありません)
があります。
保証料率を加算した実質利率が1.5パーセント前後から(2016年3月現在)と低利であるため、開業希望のドクターの利用実績も多く、お勧めできる商品のひとつです。
神奈川県で多くのドクターから好評の「いししん」
また、神奈川県内の開業に限定すれば、「神奈川県医師信用組合」の商品構成は突出しています。「いししん」の愛称で親しまれ、「無担保枠が5000万円あるから、神奈川県での開業をお勧めするよ」という先輩ドクターも少なくありません。「新規開業ローン」のうち、無担保融資としては「設備資金」と「運転資金」の2本立てとなっています。
①融資金額は、合計で上限5000万円
②返済期間は、「設備資金」は、最長10年間(建築資金等は35年間)、「運転資金」は最長7年間(新規開業においては10年間)となっており、いずれも元本据置期間が最大2年間設定可能です。こうした長期にわたる元本据置期間を設定できることで、開業当初の厳しい時期の資金繰りが緩和されるため、多くのドクターから好評を得ています。
③融資金利は、変動と固定から選択可能で、返済期間が10年の場合、変動金利で1.4%前後、固定金利で2%前後となっています(2016年3月現在)。
④連帯保証人は、配偶者もしくは法定相続人といった身内で問題なく、所得要件や資産背景は問われません。
留意事項としては、
●開業地が、神奈川県内に限定される点
●神奈川県医師会に入会することが条件となる点
●診療報酬の入金指定が条件となり、入金口座が返済用口座となる点(診療報酬担保ではありません)
があります。
開業時に、自己資金不足が確実に予想される場合や適当な連帯保証人が見つからない場合において、頼りにできる金融機関であるといえます。
また、医師会長等が理事に就任しているため、ドクターにとっては非常に心強いといえます。開業時はもちろんのこと、開業後の追加設備投資や住宅ローン、教育ローン、オートローンに至るまで、まさにドクターのために特化した金融機関であるといえるでしょう。
歯科医のための金融機関「神奈川県歯科医師信用組合」
次にもう一行、「神奈川県歯科医師信用組合」を忘れてはなりません。こちらも「しかしん」の愛称で親しまれ、歯科医師を取り巻く融資環境が厳しい中、歯科医師のための金融機関として画期的な商品を展開中です。なかでも「しかしん医療整備ローン」は他の金融機関にはない特色をもった商品です。無担保の新規開業設備資金については、次の通りです。
① 融資金額は、上限1500万円。
② 返済期間は最長15年間で、元本据置期間は1年間です。融資金額に応じて返済期間が設定されており、300万円以内は7年、300万円超800万円以内は10年、800万円超は15年となっております。
③ 融資金利は、借入当初に「3年」「5年」「7年」の固定金利を選択できます。金利は各々「1.15%」「1.50%」「1.70%」となっており、開業当初の金利変動リスクを排除できます。固定期間終了後は変動金利に移行します(2016年3月現在)。
④ 連帯保証人は、原則不要です。
また留意事項としては、次の2点があります。
●返済方法が元利均等返済となる点
●診療報酬の入金指定が条件となり、入金口座が返済用口座となる点(診療報酬担保ではありません)
その他の金融機関についてのアドバンテージは、以下の通りです。
日本政策金融公庫
★有担保融資における融資金額は、上限7200万円(運転資金は4800万円)であり、担保余力が大きければ金利は1%未満(最優遇金利は0.35%)となる点(2016年3月現在)
★全国区なので担保物件の所在地を問わない点(他行は営業エリア内という制約あり)
★女性/シニア企業家支援資金という商品があり、これらについては優遇金利が適用される点(女性ドクターや55歳以上のドクターの開業に有利)
★低利のIT資金が、医療機械や電子カルテ等の導入に利用できる点(適用の可否については個別に問い合わせが必要)
株式会社ジャパンデンタル
★全国で唯一の歯科専門ファイナンス会社である点(融資対象者は歯科医師のみ)
★有担保融資における融資金額は上限1億5000万円であり、返済期間は最長30年間、元本据置期間についても最長3年間である点(他行では類を見ない商品であり、公庫同様、担保物件は全国区)
★30年以上も前(1982年7月)から団体信用生命保険を全面導入してきた点
★ファイナンスだけではなく、歯科医師に対する幅広いコンサルティング(増患対策、スタッフ教育、事業承継支援等)を行っている点
★株主に、(株)モリタ、(株)ヨシダという大手歯科医療機械メーカーが入っており、業界をあげて歯科医院の開業をバックアップしている点
こうした金融機関における特色のある金融商品を上手に活用することで、たとえ開業時点において自己資金不足が生じていたり、連帯保証人予定者で悩んでいたりしていても、これらをクリアしてクリニックを開業することが十分に可能となるのです。
もっとも、いずれのケースにおいても、融資承認を得るためにはしっかりとした事業計画書を作成し、その中で、予測できる来院患者数や1件あたりの平均的な診療報酬点数、休診日数、必要なスタッフ数など具体的なデータに基づいて算出された開業後の損益分岐点や可処分所得を明確に提示する必要があるということは言うまでもありません。
事業計画に問題があるような場合、例えば人件費が過大であり経営を圧迫するおそれがある、または収入予想が大雑把過ぎるなどと判断される場合には、融資承認を得られないこととなります。こうした事態を避けるためにも、綿密なシミュレーションを作成することで、露呈した問題点を事前に解決し、万全を期す必要があるのです。
次回からは、2つ目のポイントとなる「物件探し」の注意点について、具体的に見ていきましょう。