離婚前の共有持分の売却には、財産分与の問題も
夫婦が共同で購入した不動産の共有トラブルに対応する際の注意点です。
この問題については、持分を処理するのが離婚前なのか、後なのかによってポイントが大きく変わることになります。
まず、離婚前の共有持分の売却に関しては、財産分与の問題が絡んできます。離婚できずローンも払い続けている、Pさん夫婦の共有名義不動産のケースをもとに具体的に説明しましょう。
Pさんとその妻が婚姻してから一軒家を共同購入しました。それぞれの持分は、Pさんが10分の9、妻が10分の1でした。
これだけを見ていると、Pさんは10分の9の持分を自分の権利として持っているのですから、それを売ることには何の問題もないように思えます。
しかし、仮にPさんと妻の離婚問題がこじれて裁判となった場合、Pさんが10分の9の持分を持っていると主張してもおそらく認められないでしょう。裁判所は、「一軒家は婚姻中に取得した財産であることから、財産分与の対象に含まれることになる。したがって、妻には潜在的持分として2分の1がある」と判断するはずです。
つまり、Pさんは一軒家に関して持分を2分の1のみ、しかも潜在的にしか持っていないとみなされてしまうわけです。そして、この2分の1の潜在的持分が顕在化するのは、離婚が成立して財産分与がなされた後になるので、それまでは持分が確定していないものとして取り扱われることになるでしょう。
また、そもそも夫婦は、互いに扶助義務を負っています。すなわち、民法752条は、「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない」と定めています。にもかかわらず、夫婦の一方が一緒に暮らしていたマイホームの持分を第三者に売却することは、この扶助義務に反するものといえるでしょう。
たとえば、Pさんから持分を購入した第三者は共有物分割請求訴訟を提起することができます。その結果、マイホームは競売されることになるかもしれません。そうなれば、Pさんの妻は住む場所を失う可能性もあるのです。
このような夫婦間の扶助義務等に配慮して、離婚が成立する前に、夫婦が婚姻中に共同購入した不動産の持分を他方が処分することや、あるいは共有名義不動産の分割を求めることに対して、裁判所は否定的な見解を示しています。たとえば、婚姻中に妻と共同で新築した自宅について、自己の持分を根拠に夫が妻に対し共有物分割請求訴訟を起こした事案に関して、東京高裁は、以下のように「夫の請求は権利の濫用として許されない」と断じる判決を出しています。
「民法258条に基づく共有者の他の共有者に対する共有物分割権の行使が権利の濫用に当たるか否かは、当該共有関係の目的、性質、当該共有者間の身分関係及び権利義務関係等を考察した上、共有物分割権の行使が実現されることによって行使者が受ける利益と行使される者が受ける不利益等の客観的事情のほか、共有物分割を求める者の意図とこれを拒む者の意図等の主観的事情をも考慮して判断するのが相当であり(最高裁判所平成7年3月28日第三小法廷判決・裁判集民事174号903頁参照)、これらの諸事情を総合考慮して、その共有物分割権の行使の実現が著しく不合理であり、行使される者にとって甚だ酷であると認められる場合には権利濫用として許されないと解するのが相当である」(東京高裁平成26年8月21日判決)
一方、離婚後の共有持分の売却に関しては、離婚が成立している以上、通常は財産分与も終わっているはずです。そうだとすれば、すでに持分は確定していますし、また元夫と元妻の間には扶助義務が存在しませんので、持分を売ることも、不動産の分割を求めることも問題なく行うことができます。
離婚後に連絡が取れなくなった元夫との共有名義不動産が問題になったケースでは、元妻は元夫と2人で住んでいたマンションの持分を無事売却することができ、住宅ローンの負担からも解放されました。
共有名義不動産の売却には共有者全員の同意が必要
離婚後に元夫が行方不明になったQさんのケースを取り上げましょう。Qさんは「持分を売却できるのだろうか」と不安を抱いていましたが、自分の持分だけを売却するのであれば、共有者が行方不明であっても問題はありません。
それに対して、持分のみではなく不動産のすべてを売却したい場合に、共有者の中に行方不明者がいるようなケースでは別の考慮が必要となります。
共有名義不動産を売却する際には、前述のように共有者全員の同意が必要になります。同意していない共有者が1人でもいれば売却することはできません。
すると、共有者の中に行方不明者がいる場合には、その者の同意を得ることができない以上、他のすべての共有者が同意をしていたとしても不動産を売ることができないことになります。このような場合には、どうすればよいのでしょうか。
まず、住民票などを手がかりに追跡調査を行って行方不明となった共有者を探し出すことも考えられますが、探偵でもない一般の人が簡単に見つけられるかどうかは疑問です。
そこで、行方不明になった共有者がどうしても見つからない場合に、不動産を売却するための方法について触れておきましょう。
共有者が行方不明なら不在者財産管理人を選任
まず、不在者財産管理人の制度を利用することにより、共有者が行方不明のままでも不動産の売却を行うことが可能となります。
不在者財産管理人とは、行方不明者の財産を管理するために家庭裁判所によって選任される者です。この制度を利用するためには、不在者の配偶者、相続人にあたる者、債権者等の利害関係人もしくは検察官の申立てが必要となります。
その際、以下の書類を裁判所に提出しなければなりません。
[不在者財産管理人申立て必要書類]
●申立書
●不在者の戸籍謄本(全部事項証明書)
●不在者の戸籍附票
●財産管理人候補者の住民票または戸籍附票
●不在の事実を証する資料
●不在者の財産に関する資料(不動産登記事項証明書、預貯金及び有価証券の残高がわかる書類〈通帳写し、残高証明書等〉等)
●申立人の利害関係を証する資料(戸籍謄本〈全部事項証明書〉、賃貸借契約書写し、金銭消費貸借契約書写し等)
不在者財産管理人の権限は、①財産の保存行為、②性質を変えない範囲での利用・改良行為、に限られており、これらを超える行為を行う場合には、家庭裁判所の許可を得る必要があります。
そのため、不動産を売却する際には、不在者財産管理人の選任を経て、さらに家庭裁判所にその許可を求めなければなりません。
不在者を死亡したものとみなす「失踪宣告」
もう1つ、別の選択肢としては失踪宣告の制度を利用する方法もあります。同制度は、不在者(行方不明となっている者)の生死不明の状態が一定期間続いた場合に、利害関係人の申立てに基づいて家庭裁判所が失踪宣告をすることにより、不在者が法律上は死亡したものとみなす効果を生じさせるものです。
失踪宣告が行われる場合としては、以下のように①普通失踪と②特別失踪の2つのケースがあげられます。
①普通失踪
生死が7年間明らかでない場合
②特別失踪
戦争、船舶の沈没、震災などの特別な危難に遭遇し、その危難が去った後その生死が1年間明らかでない場合
失踪宣告の申立ては、不在者の配偶者、相続人にあたる者、財産管理人、受遺者など失踪宣告を求めることに関して法律上の利害関係を有する者が行います。申立ての際には以下のような書類が必要になります。
[失踪宣告申立て必要書類]
●申立書
●不在者の戸籍謄本(全部事項証明書)
●不在者の戸籍附票
●失踪を証する資料
●申立人の利害関係を証する資料(親族関係であれば戸籍謄本〈全部事項証明書〉)
申立てを受けた家庭裁判所は、所定の期間を定めて、不在者に対しては生存の届出をするように、不在者の生存を知っている者に対してはその届出をするように官報や裁判所の掲示板で催告します。この期間内に届出などがなかったときには、失踪宣告が行われることになります。
失踪宣告によって、行方不明者は死亡したものとみなされることになります。その結果、行方不明者に相続人がいればその者の同意を得て不動産を売却することが可能となります。また、相続人がいない場合には、行方不明者の持分は他の共有者に帰属することになるので、既存の共有者の同意だけで不動産を売却することができます。
松原 昌洙
株式会社中央プロパティー 代表取締役社長
住宅ローンアドバイザー(社団法人全日本不動産協会認定)
相続アドバイザー(NPO 法人相続アドバイザー協議会認定)