イノベーションは、初期段階では儲からないもの
破壊的なイノベーションというのは、自社の収益事業を破壊することですから、経済合理性がありません。株主のことを考える普通の経営者は、破壊的なことはできません。やってはいけないと言ってもいいのかもしれません。
たまに異端の経営者が、株主のことも考えず、経済合理性も追わずに、社員に画期的な商品やサービスを開発させて、破壊的イノベーションを起こします。そういう人が中興の祖と呼ばれます。
100年続いているような企業には、だいたい中興の祖がいますが、膨大な数の経営者がいる中でまれなケースです。
基本的に、新規事業というのは、しばらくの間はお金を生み出しません。イノベーションを瞬殺する一言は、
「いつ、儲かるの?」
です。
イノベーションは、初期段階では儲からないものです。それを理解し、受け入れられる会社にしかイノベーションは起こせません。
いつ儲かるかわからないことを社員にさせるのは、上場企業の経営者としてはできないことです。既存の株主に対しての背信にもなりかねません。
上場している大企業は株主数が多く、株主のニーズもさまざまです。短期間での株価の上昇を求めている人もいますから、長期間利益の出ない開発資金に回すには、その人たちの同意が必要です。
出資という同じ行為であっても、お金にはそれぞれ性質があります。
すぐに返済を求められるお金、1年後にリターンを付けて戻してもらいたいお金、5年は待つけど、5年後に大きなリターンを付けて戻してもらいたいお金など、さまざまです。「当面の間は儲からない」ことを理解しているお金は、リスクマネーです。
イノベーションを起こすには、リスクマネーが資金の大半を占めていることが必要です。それが可能なのは、新たに設立された未公開のベンチャー企業、スタートアップ企業、企業内企業です。そういう企業こそが、儲かるかどうかわからない破壊的イノベーションの主体となります。
株式投資型クラウドファンディングは、日本の中に破壊的イノベーションを生み出していくための環境づくりとも言えます。
「共感」の理論的解析で、イノベーションを生み出す
多くの人の共感を生むイノベーションのためには、デザイン(設計)の分野のトレンドを知っておくことも重要かもしれません。
私の知り合いで、大手企業のデザインを請け負っている会社の人がいるのですが、その人に聞くと、デザインのコンセプトはずいぶん変わってきたそうです。
昔のデザインは、人間工学(エルゴノミクス)に関することが最新テーマとされていました。人間の体に合わせて、どうしたら使いやすいかを考えてデザインするのが人間工学です。
どうしたら座りやすい椅子ができるか、どういうデザインの椅子だと長時間座っていても疲れないか、といったことが最先端のテーマでした。人間工学的にすごい価値のあるものを作ることが、その時代のイノベーションでした。
人間工学の時代の次は、ユーザビリティ(使いやすさ)の時代になりました。
40年くらい前のパソコンは、コマンドを打ち込んでいましたが、アイコンをクリックする形が登場しました。
アップルのスティーブ・ジョブズが、ゼロックスのパロアルト研究所でGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)を見て、それをヒントにしたと言われています。マックの操作にアイコンを取り入れ、マウスでクリックするだけにしました。これは画期的なことでした。
それをウィンドウズがまねして、一気に広がったという経緯があります。少しでも使いやすい形にしていくユーザビリティの追求が時代の最先端であり、イノベーションの主体でした。
電車の切符販売機は、昔は「130円」「160円」といったボタンが付いていて、ボタンを押して切符を買う方式でした。
その後、タッチパネルのディスプレイ式になりました。画面を見ながら、次へ、次へとタッチして選んでいきます。
しかし、使い方がよくわからなくて間違えてタッチしてしまうことがあります。子供にもお年寄りにも、わかりやすい表示にしていくのがユーザビリティです。人間の認知の仕組みを研究して、認知工学の観点からのデザインになりました。
認知工学を生かしたものとして、使いやすいカーナビ、使いやすいスマホなどが開発されました。アプリの時代になった今は、使いやすいアプリの開発などに力が入れられています。
最近は、「感性をいかに大切にするか」という方向にシフトしてきているそうです。
最先端のデザイン分野では、「感性を科学する時代」になっていると聞きました。感覚、感性など、色と形がないものをデザインするのです。
自動車で言えば、「運転しやすさとは何か?」ということを、疲労感(エルゴノミクス)や操作のしやすさ(ユーザビリティ)の発想を超えて、デザインしていくわけです。「コンセプトをデザインする」と言ってもいいのかもしれません。
そのためにエスノグラフィ(民族誌)の研究も盛んです。もともとは、文化人類学、民俗学の研究から始まっているものですが、「この民族はどういう特性を持っているのか」ということを研究すると、その民族性がわかってきます。その手法を使って、集団の特性に合ったデザインをしていくのです。
たとえば、非常口の方向を示す矢印は、「この集団には、こういう表示がいちばんわかりやすい」ということを考えながらデザインしていきます。
購買行動に結びつけたり、商品価値を上げたりするためにも、ユーザーの特性に合わせるエスノグラフィが使われています。
エルゴノミクスやユーザビリティを追求して、「もっと良いものを、もっと良いものを」と技術開発を続けていっても、すでに人間のニーズを超えてしまっている可能性があります。
もっと最新のデザインでは、ユーザーエクスペリエンス(UX)にまで進化しています。使いやすさの次に、使ってよかった、また使いたいというところまでデザインすることです。
感情の分野まで理論的に解析して顧客の満足度を高め、共感を得る研究が主流になりつつあります。
政府と経団連が打ち出した「Society 5.0」
イノベーションに関係のあるものとして、政府、産業界の方向性も知っておくといいと思います。
政府と経団連は、官民を挙げて「Society(ソサエティ)5.0」という方向性を打ち出しています。これは、第5段階の社会が来るという意味です。
狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く第5段階の社会で、「超スマート社会」と呼ばれています。
経団連の資料によれば、第5段階の「超スマート社会」では、データ資源の活用が求められるとされています。政府の「未来投資戦略2018」においても、ソサエティ5.0として「データ駆動型社会への変革」と名付けられています。
つまり、データがより重要な資源になっていくということです。データをどう集め、どう生かしていくかを考えないと、日本は後れを取ると危惧(きぐ)されています。データによって駆動する社会を実現していくというのが、政府・産業界の方向性です。
AIの分野は、データが非常に重要とされています。どれだけデータを読み込ませて機械学習させるかで、AIの能力が決まります。文字データ、音声データ、画像データなどあらゆるデータが対象です。
実際にデータ収集競争が始まっており、AIスピーカーによって、日常の音声まで集められて分析されています。
自動運転の世界では、グーグルの子会社ウエイモの技術力が高いと言われています。
グーグルは地図データやストリートビューなどの膨大な画像データを保有しているためです。そのうえ、実車で走行実験を繰り返して、どんどんデータ収集をしています。自動運転は、データ保有量の勝負とも言える世界です。
アメリカの企業だけでなく、中国の企業もデータを集め、データを生かしたビジネスを開発しています。
アリババは電子マネーを駆使して、膨大な購買データを集め、店舗支援などに生かしています。中国は、AIの開発も進んでいると言われています。
データは、社会問題の解決にも使われ始めています。
2018年9月に、マイクロソフト、グーグル、アマゾンが、データ分析とAIによって、貧困国の問題解決に乗り出すと報道されました。
貧困国では、栄養失調や飢餓(きが)に苦しんでいる子供がたくさんいます。飢饉(ききん)が起こると、食糧難はさらに深刻化します。
自然環境の変化で飢饉が起こったり、食糧事情が悪化したりすることを、データを使って予測して、早期に対策を打てるようにしようというのが、3社の狙いです。
世界銀行、国連と連携して、食糧危機が予測された場合には、世界銀行が資金を供給し、国連が人道的支援をするという壮大な計画です。
データによって問題の発生を予知し、事前に手を打って準備をしておくという形の問題解決法です。データ駆動型の国際人道支援です。
日本は、人口減少、少子高齢化が進む世界有数の「課題先進国」です。その課題を解決するために、データを活用することが重要になります。
ソサエティ5.0では、データを用いて、「課題解決」だけでなく、「未来創造」までを視野に入れているようです。
課題を解決する手法として、データをどう活用していくかを前面に出していくと、時代性にマッチしていて共感を得やすいかもしれません。実際、株式投資型クラウドファンディングの募集企業の中には、課題解決のための手法として、AIやデータを活用するというものがたくさんあります。
データ活用というのは、政府、産業界が求めている方向性であり、世界が目指しているイノベーションの方向性です。
[図表]Society5.0の基本的な考え方