EU離脱合意案の議会での採決は、土壇場で延期
英国のEU離脱は、2019年3月29日の期限を前に、非常に厳しい状況に陥っている。
メイ英首相は、今週予定されていた離脱合意案の議会での採決を、土壇場で延期した。党内調整を続けたが可決される見通しが立っておらず、メイ首相があまりにも圧倒的な大敗を喫してしまうと、政権が倒れる恐れすら高まる。今回は、それを回避した形である。
与党保守党内では、メイ首相がEUと合意したEU離脱合意案には、批判が根強い。キング上院議員(元イングランド銀行総裁)など保守派は、「世界最悪の案」だとして、メイ政権を「高次の無能」だと酷評し、メイ首相のEU離脱案に反対票を投じるよう議員らに呼び掛けているほどである。「手切れ金」としてEUに支払う390億ポンド(約5兆6100億円)に加えて、EUが無期限に英国との協議に拒否権を与える合意は、英国にとって屈辱的とまで言い切り、合意案に、強いアレルギーを示している。
状況を打開しようと、メイ首相は、EU首脳に対し、英議会の支持獲得のために、EU離脱合意案の最大の懸案事項であったアイルランド国境を巡るバックストップ条項(安全策)について、追加的「保証」を求めた。しかし、EU側は、議会説得のために譲歩を引き出そうとする要求に、逆に態度を硬化させ、メイ首相のこの要請を退けた。
事前に用意されていた声明文書では、バックストップ条項に「追加的な保証を付けられるかどうか検討する」という一文が入っていると言われており、追加的な妥協が期待されたが、協議は物別れに終わった形である。
EU側は、合意なき離脱への準備を加速する方針を明示し、新たな文書を19日に公表することを明らかにした。これを受けて外国為替市場で、英ポンドは、1ポンド=1.24米ドル台まで一時下落した。
イングランド銀行が公表した「最悪のシナリオ」の衝撃
議論は再び、英国議会に戻る。メイ首相は、英議会から離脱案への承認を得ることができるかどうか? できない場合には、メイ内閣が倒れたり、離脱案の破棄を迫られたり、あるいは、2回目の国民投票に向かうシナリオもありうる。しかし、残された時間がないことも確かだ。約3カ月後には英国はEUから「合意なき離脱」を迫られてしまう。そうなれば、政治的・経済的な混乱を招くことは必至である。
ちなみに、イングランド銀行が先月28日に公表した報告書では、合意なき離脱に至った場合、英国経済は少なくとも第2次世界大戦以降で最悪の不況に陥る恐れがあると言及している。最悪のシナリオをたどればという前提だが、英国の国内総生産(GDP)は1年以内に8%縮小し、不動産価格は3割落ち込む可能性があるとのことである。リーマンショックの際には、英GDPは6%強減少したそうだ。それ以上のショックとなることが指摘されている。
英国や英国議会に平穏なクリスマスは来るのだろうか?
長谷川 建一
Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO