山林の相続登記をしていない場合、相続人にはどんなリスクがあるだろうか。本記事では事例を参考に、山林の相続が未完了であることのリスクを見ていく。また、共有林の分割手続きについても、その方法と手順を紹介する。 ※本連載では、司法書士・社会保険労務士の鈴木慎太郎氏の著書、『そこが聞きたい 山林の相続・登記相談室』(全国林業改良普及協会)の中から一部を抜粋し、山林相続やそれに伴う登記(名義変更等)の疑問等について、Q&A方式で解説していきます。

遺産分割協議も遺言もない山林の処分をどうする?

Q山林の相続登記をしておらず、父名義のままです。遺産分割協議も行っていません。この場合に考えられる相続人のリスクを教えてください。

 

A重要なことほど、他の法定相続人と協力しなければできなくなります。

 

遺産分割協議も遺言もない場合、遺産は法定相続人すべてで共有する状態が続いています。このため、山林の処分(売却・皆伐など)ではすべての相続人の同意が必要となります。そのほか共有持分の割合によってできることが決まっていますが、重要なことほどすべての法定相続人の同意を得て行う必要があるわけです。

 

この状態のまま放置すればするほど、当初の相続人が死亡して父の孫、ひ孫・・・と相続人が増えていきます。連絡や承諾を得る相手が増えるのは、山林所有者として大きなリスクではないでしょうか。

 

法定相続人があなた1人の場合、本当にそうなら問題ありませんが、代襲相続が発生していないかご確認ください。例えばあなたのお兄さん(お父さんの子)がいて、お父さんの死亡より先に亡くなっていたとしても、その子(あなたの甥・姪)が権利を引き継ぎ(代襲し)、法定相続人になっています。

 

この対策としては、これまでにご説明したように、遺産分割協議や相続分の譲渡、調停などによって、あなたの名義へと所有権を移転する相続登記を行うことです。

 

また潜在的なリスクという意味では、所有者としての管理、固定資産税の納税義務が全相続人にあるという見方もできます。

「共有林の分割」には膨大なお金と時間がかかる

Q集落内の30人で共有する山林(共有林)があります。共有者の中には死亡した者もいますが、相続による登記はしていません。今後の管理を考え、各個人に分割したいのですが、どのような手続きになりますか。

 

A非常に手間がかかります。関係者が多いほど、費用も増えます。

 

結論から言うとお勧めできないのですが、共有状態を解消したいというニーズはあると思いますので、まず共有者各人に分割するための手順をご説明します。

 

強いて行うならば、次の手順になります。

 

①各人の共有持分について、相続人調査、相続登記の実施

現在の登記の情報を見ると、共有者の名前が出てきて、持分割合がそれぞれ書いてあります。まずやることは、登記されている全共有者が、現在の相続人に名義を移す(持ち分を移転する)必要があります。この手順は、相続登記としてこれまで見てきた通りです。相続が発生しておらず、現在も登記時と同じ共有者の方はそのままで構いません。

 

②その共有者全員で共有物分割の協議

いまのところ、1筆の土地を30人で共有している状況です。各人に分割したいのであれば、30筆の土地に分筆しなければなりません。分筆登記を行うには、土地の境界が確定していないのなら、この共有土地の隣接地所有者にも参加してもらって確定測量を行う必要があります。隣接地の所有者がわからなければ探索し、登記情報を調べた結果が相続登記未了であれば、誰が相続しているか調査する必要があります。ここでも手間と費用がかかり、隣接所有者の問題で頓挫する恐れもあります。これは「合筆・分筆編」でご説明した通りです。

 

そして、土地家屋調査士の協力も得て土地を分割する計画を立てつつ、分割後の山林のどこを誰のものとするか、協議します。道から近いところや立木の生育状況の良いところは人気があるでしょうから、取り合いになるかもしれません。協議が整えば、分筆登記を行います。

 

③分筆登記の完了後、各人の持ち分を『共有物分割』を原因として移転登記

無事に分筆登記が済んでも、まだやることがあります。この分筆登記が完了した時点では、30人で共有する山林が30筆できただけです。その1筆ごとに共有状態を解消するための登記を行います。

 

わかりやすく3人のモデルで考えましょう。A・B・Cの3人が共有する山林が3筆ある状態です。山林1は共有者B・CからAへ、山林2は共有者A・CからBへ、山林3は共有者A・BからCへ、それぞれ「持分全部移転」の登記を行います。これは、所有権移転と同じような登記申請だとお考えください。これで土地1はAの所有、土地2はBの所有、土地3はCの所有になって完了です。

 

質問の例では、30筆について同じ登記を延べ30件行うことになり、当事務所でも200万円はかかりそうです。測量と分筆の費用は別です。

 

こうした相談にも当然見積書を出しますが、「これで儲かるのは私だけ。そこまでして行うメリットがありますか」と、思わず言ってしまったことがあります。相談に来た方はというと、笑って再考してくれました。

 

冒頭で「お勧めしない」と申し上げた理由が、おわかりいただけたでしょうか。

 

現実的な方法も考えてみましょう。共有解消後は山を手放したい方もいるでしょうから、もし林業経営が成り立つ立地や現況があり、林業を続けたい数人に集約したい、というお話ならやる価値があるかもしれません。新たな所有者となる数人が代償金を払って持ち分を譲り受ける、といった協議を前記の②の段階で行えば良いのです。その場合でも前記①~③の手順は同じですが、分筆する土地と登記の件数が減ります。

 

また、前回でもご紹介したように(関連記事『山林の相続…各家の所有権を「自治会名義」にまとめる方法』参照)、要件を満たせば「認可地縁団体」に所有権を移したり、一般社団法人の設立、民事信託といった手法もありますが、一般社団法人や民事信託で山の所有権をまとめる前には、まず各人の持ち分について相続登記をしておかなければなりません。それは避けられません。

 

さらに別のアドバイスを求められれば、できそうな人から持ち分を誰かに移転することを少しずつやっていく、でしょうか。一斉にやろうとしないでください、という助言です。例えば、お互いに知り合いである関係の下で、あの人になら譲ってもいい、という人がいれば持ち分を譲ってもらって、当初の30人の共有者を10人に減らすことを目指す、ということです。相続に合わせてやってもらってもいいでしょう。

 

 

鈴木 慎太郎

司法書士

社会保険労務士

「すずきしんたろう事務所」代表

 

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