登記の種類で、抹消の手順も変わってくる
Q:山林を知人に売ることになりました。登記の状況を確認したら、昔設定されたらしい抵当権の登記が残っています。どうしたらいいですか?
A:元々の権利や契約を確認し、相手を調べて、抹消する方法を検討します。
よく知らない過去の登記が見つかった、人に山を譲るときになって気がついた、というお尋ねです。まずは登記を抹消できるか考えていきましょう。
発見した登記によって、抹消の手順も変わります。登記事項証明書や登記情報の写しを見てください。すでに抹消された登記には下線が引いてありますので、下線のない登記に注目します。よく見かける主なものは次の通りです。
「甲区」の欄にあるもの
●仮登記、買戻特約
これは、当時の土地の持ち主と登記に書かれている相手方が、あとで所有権を移転するなどの契約をしたため登記されたものです。それができる条件や期間も登記情報に書かれています。
●仮差押、仮処分、予告登記、差押
裁判所への申し立てを経た登記です。抹消するにも裁判所への手続きを要するため、弁護士による法律相談が必須になります。
「乙区」の欄にあるもの
当時の土地の持ち主が下記の権利を持つ人と契約を結んで登記されたものが大部分です。
●抵当権、根抵当権
山を担保にしてお金を借りるときの登記です。
●地上権、賃借権
林地を人に貸すとき、借り手の権利を保護する登記です。
●地役権
現在も抹消できないことが多い登記です。代表的なのは電力会社が権利を持つ、林地上空の送電線を維持するための地役権です。
地役権は、ある土地(変電所の敷地)の役に立たせるために他の土地(送電線が通る土地)を使わせてもらう権利を言います。隣の土地から自分の土地を通って道に出る権利を保護するためにも用いられますが、目的は送電線架設や通行には限られません。
●これらの権利の、仮登記
仮登記は、その登記をした時点の相手方(仮登記の権利者)が後日、登記をしてもらうための「順番」を守るためのものです。登録免許税を節約するために使われることもありました。仮登記がされた不動産を買った人との関係では、購入後に仮登記の権利者がそれを本登記にする、つまり仮登記をした人の権利が優先することがあります。仮登記の後で山林を買おうとする人にはとても不利な登記です。
抹消可能であれば「当時の権利者または相続人」を探す
これらの登記があるとわかったら、できるだけ当時の契約書などを探します。その契約で定められた期限が過ぎている、契約を一方的に解除できる、借金を完済した(抵当権)、立木を伐採した(立木一代限りの地上権)など、契約に定めのある「相手の権利が消滅する理由」を探すためです。地上権など存続期間が登記から読み取れるものは、その期限が過ぎていれば抹消を相手に請求できることになります。
借金を完済していない抵当権や、存続期間が平成50年までの地上権などは当然、まだ抹消できません。
当時の資料が見つからなければ、一般的な理由として「消滅時効」の制度を使えるか検討します。典型的なのは借金返済を求める権利で、相手が会社など商行為に関するもの(5年)、それ以外のもの(10年)で定められた期間の経過によって借金返済を求める権利が消えている、という考え方ができるのです。抵当権はもともと、相手が借金返済を求める権利を守るためのものです。守りたい権利が時効で消えた以上は抵当権も抹消を請求できる、と考えてください。
農地では、農地法の許可を持ち主が得ることを条件にする所有権移転の仮登記をよく見かけます。仮登記の権利者が「当初の持ち主に、農地法の許可を受けるよう請求できる権利」も時効で消滅します。
この場合は仮登記で守られている権利が時効で消えるわけではありませんが、許可が受けられないため仮登記自体が無用なものになったと考えて抹消を請求できます。これらの検討をするのが、弁護士や司法書士による法律相談です。
登記された権利、または登記そのものが抹消できそうだとわかったら、その登記の権利者を探します。ここが最大の問題です。相続登記と同様に、当時の住所氏名は登記から読み取れても転居後の権利者や相続人と連絡不能になる可能性があるためです。当初の権利者が死亡していたら、その法定相続人を全員調べて相手方にしなければなりません。会社の場合はすでに消滅していることがあります。
当時の権利者またはその相続人が発見できたら、まず抹消登記への協力を頼む連絡をします。同意が得られれば、委任状・抹消したい登記の登記済証などの必要書類をもらって通常通りの抹消登記申請ができることになります。
「抹消に相手が応じない」場合の具体的な対処方法
登記を抹消させる権利をもっているのに相手の協力が得られない場合は、登記の抹消を請求する訴訟を起こすことができます。これに勝訴すれば裁判所が出した判決を添付書類にして抹消登記の申請ができ、相手に委任状や印鑑証明書を出してもらうなどの協力は一切必要ありません。
このため、例えば足腰の悪い方に役場で印鑑証明書をとってもらう、登記済証を探してもらう、それらの協力に〝はんこ代〟を払う等の面倒を避けて訴訟を選ぶことは、時に魅力的な選択肢になります。
所在不明の人や海外在住者に対しても、裁判所の掲示板に書類を出して訴状を送ったことにする公示送達や、在外公館を通じて訴状を送る(送達する)手段が用意されています。これらの制度を使うために、あえて訴訟を選択することがあります。
抹消したい登記に関する権利が消滅していることが登記の記載や契約書から明らかにわかり、相手の所在が不明な場合にはもう少し手軽な手続きがあります。裁判所での公示催告を経てその権利が消滅した旨の決定を出す「除権決定」を得ることです。存続期間が平成20年までと登記されている地上権の登記を消したいが相手の連絡先が不明だ、といったときには法律相談でこちらを勧められることがあるでしょう。
抵当権に関してだけは、「登記から読み取れる借金の元本と利息等を全部払って、登記を抹消する」という特別の手続きが設けられています。正確にはお金を相手に払うのではなく、国にお金を預ける(法務局にお金を供託する)ことで、相手の所在がわからなくても抵当権抹消登記ができる制度です。
戦後まもなく設定された債権額100円の抵当権など、遅延損害金を含めても大したお金にならない抵当権を抹消するにはこれがもっとも楽です。地上権や仮登記の抹消には、こうした制度がありません。
ここまでで、過去の登記の抹消の方法を説明しました。全くの他人に不動産を譲る場合はこれらの登記の抹消を求められるはずですが、前記のような検討で「登記はついているが、害をなすことは今後もない」とわかれば、名義の変更、つまり所有権移転の登記はできます。単に、無害な登記がついてくるだけです。
このため、例えば相続登記をするときに過去の無害な登記が見つかった場合、そのことを指摘はしますが直ちに抹消するよう指導することはなく、親子間での生前贈与でもそう対応しています。逆に、例えば地上権の権利者に相続が発生したときは相続による「地上権移転」の登記をしておかないと、所有者に迷惑をかけることになりかねません。地上権と賃借権の登記だけは、それが形だけでも残っていると別の地上権などの設定登記ができない、という支障が発生します。
最後に、こうした問題で法律相談や訴訟の代理を依頼するのは基本的に弁護士になりますが、土地が安い・お金を借りた額が少ないなど裁判上の請求額が140万円を下回る場合は、一部の司法書士(認定司法書士)も対応できます。
消滅時効の主張ができる場合は、わりとシンプルで勝敗の予想しやすい訴訟になるはずです。事前に法律相談をして方針が適切であることを確認できれば、訴状などの裁判書類だけ司法書士に作成させ、自分で訴訟を進める本人訴訟も費用を抑える方法として考えられるでしょう。
鈴木 慎太郎
司法書士
社会保険労務士
「すずきしんたろう事務所」代表