あまりに一方的で、現状認識が希薄なマスコミ報道
被害者の家族も、弁護士に依頼して裁判に訴えてしかるべき、少なくとも裁判基準での賠償金を受けようという発想は持ってもらえただろうか?
せめて、大切な家族が交通事故に遭ったならば、弁護士に依頼してほしい。しかし、弁護士に頼むのは、高額な費用がかかるとか、そのような心配をされるのではないだろうか。
この点、任意保険の特約で扱うようになった「弁護士保険」は弁護士費用を保険会社が負担する。被害者の権利を保護する一つの方法といえるだろう。これは2000年に日本弁護士連合会と損保各社が協力して開発した保険制度で、保険料は年間1000円から2000円程度、弁護士費用として支払われる保険金は上限300万円までとなっていることが多い。
被害者の救済に役立つ制度だが、一方でこの制度に疑問を投げかける動きも起こり始めている。2015年5月23日付の日本経済新聞に『「弁護士保険」普及の功罪』という記事が掲載された。2000年以降、損保各社が扱う弁護士保険の影響で交通事故の賠償金をめぐる裁判が増え続けているというのである。
記事によれば、全国の交通事故件数は2004年の95万2709件から10年連続で減少し、2014年は57万3842件と2004年に比べて4割も減っているのに対し、交通事故の損害賠償訴訟は2003年の3252件から2013年は1万5428件と4.7倍に増えた。
一方で弁護士保険契約数は損保13社で2000万件を超えたというのである。これらの推移から、弁護士保険の普及が交通事故裁判を増やしていると結論付けている。
記事の中では弁護士が弁護士報酬を目的として、本来示談で解決できる問題までも裁判に訴えているケースや、損保に請求される弁護士費用が法外に高く、損保担当者を困惑させている事例などが紹介されている。まるで弁護士たちが交通事故事件を利用して高い報酬を得ようとしているかのような論調である。
実はこの記事を作成するに当たって、我々サリュは事前に記者から取材を受けていた。交通事故事件の実態と矛盾に日々向き合っている我々からすれば、前掲した数字はまったく違った結論に至る。弁護士保険の登場で訴訟が増えたのは、それだけ多くの被害者が現行の賠償制度や運用に関して納得できない思いを抱えていることの表れではないだろうか。
弁護士保険の登場によって、弁護士への相談が以前に比べて簡単になったからこそ、それが訴訟という形で顕在化したのである。逆にいうならば、これまでどれだけの被害者が訴えることもできない非権利状態に置かれてきたかの証明だろう。
訴訟が増えた元凶は、問題だらけの制度とその運用にある。
だとすれば、それをただそうと訴訟に及ぶ被害者や弁護士を保険金目的や報酬目的だと非難するのは、的が外れていると同時に著しく当事者を傷つけるものだといえるだろう。そこから弁護士保険制度を見直すなどということは論外である。
その点を我々が記者に説明したせいだろうか? 同様の記事は他紙にも掲載されていたが、それらに比べれば前掲の記事の論調は多少穏やかなものになっていた。
これらの記事がほぼ同時期に各紙に掲載された背景には、誰の意向が働いているのであろうか。
いずれにしても訴訟数の増加を保険制度そのものの不備によるものとは考えず、報酬目的の弁護士によるものと一方的に決めつけるとしたら、もはやマスコミとしての役目も存在意義も地に落ちたとしか言いようがない。
治療中の問題への対策こそ、被害者が求めているもの
我が国の交通事故賠償制度は、あらゆる点で先進諸外国に比べ遅れているというのが実情である。
自賠責保険や任意保険を運用する保険会社、それらを統括するはずの国や、チェック機能を果たす裁判所。これら3つの組織は、本来被害者を救済すべき砦とならなくてはならない。
しかし、それぞれの組織が疲弊し、自己保身に走り、官僚化し、変革が必要であるにもかかわらず誰も動こうとはしない。まさに被害者救済を謳うだけの虚像となっているのではないだろうか。
真実やあるべき姿を報道するマスコミも、アンタッチャブルな領域として避けて通っているどころか、先の弁護士保険の報道のように的外れな主張を繰り返すだけで、本質的な問題を正面から捉えようという気概はない。
我々弁護士もまた反省するべき点は多い。これまでの弁護士の交通事故への関わり方は、基本的に後遺障害の認定後、損害賠償の交渉から、というのがほとんどであった。交通事故賠償の問題は金額の問題だけではない。シミュレーションで触れたように、それ以前の医療費や休業損害の扱いに関しても問題があるし、後遺障害の認定にも大きな問題があるのである。
我々弁護士法人サリュは当初から医療費打ち切りや休業損害の打ち切り、そして後遺障害の認定に関して積極的に取り組んできた。むしろそのような治療中の問題の対策こそ、多くの被害者が求めていることなのである。
平岡 将人
弁護士法人サリュ 代表
弁護士