日本に事務所を構えるプライベートバンクも存在
プライベートバンクについて、以前に比べれば様々な書籍等で紹介されるようになりましたが、それでもいまなお日本の資産家にとっては敷居が高いイメージが残っているのではないでしょうか。英語が苦手であまり海外へ行った経験のない人ほど、その傾向が強いでしょう。
しかし、本場の伝統的プライベートバンクの中には日本に事務所を構えていたり、本国の本店などに日本語ができるスタッフを置いていたりするところもあります。また、仲介役が入ることで、言葉の問題や専門知識の壁を気にせずプライベートバンクにアクセスする方法もあります。
受けられるサービスの内容は、口座を開く国で変わる
プライベートバンクを選ぶのと同時に、口座を開く国を選ぶことが非常に重要です。なぜなら、同じプライベートバンクでも、拠点を置く国によって従わなければならない規則や指導が違い、受けられるサービスの内容にも微妙に影響が及ぶからです。
例えば、シンガポールはどうでしょう。
スイスなどと比べると、シンガポールは規制当局のコントロールが厳しい上、ルールがよく変わります。金融市場としての歴史が浅いため仕方ない面はありますが、大切な資産を将来にわたって守るという観点からはやや不安が残ります。また、顧客残高を増加させようとして、同じプライベートバンクでも本国(欧州)より積極的な運用になりがちです。
香港は違う意味でリスクが高いといえます。1997年に英国から中国へ主権が返還され、建前上は一国二制度で、高い独立性が保障されていることになっています。
しかし、実態は違います。最近も、中国共産党を批判する書籍を出版、販売していた香港の書店関係者5人が連続して失踪したり、香港に滞在していた大富豪が日中に有名ホテルから夫婦ともに拉致されたりしています。
香港はいまでも国際金融センターとして各種ランキングでは世界の上位に入りますが、どんどん中国政府のコントロールが強くなっており、かつてのような金融市場としての自由で安定した環境が失われつつあります。中国本土の富裕層の間でも、資産を香港から別のところへ移す動きが加速しています。
注目を集めるもハイリスクな中東、自由度が低い米国
新たな国際金融センターとして注目されているのが、アラブ首長国連邦の首都・ドバイです。「中東のシンガポール」とも呼ばれ税制面でのメリットが大きく見えますが、金融市場としての歴史が浅く、哲学を持ったプライベートバンクは皆無です。また金融の人材の厚みもありません。
アラブ首長国連邦はOECDの金融情報交換ネットワークには参加していないという面はありますが、リスクは高いといっていいでしょう。また、最近は銀行口座開設も難しくなっていると言われています。
米国はどうでしょう。日本の富裕層の中には、米国の株式や債券、不動産に投資している人も多いのではないでしょうか。
米国はシンガポール同様、SECが大きな権限を持って金融行政をコントロールしています。結果として、米国の機関は日本やシンガポールと同様、あまり自由度がありません。
個人的に仲の良い金融機関にいろいろ聞いてみましたが、結論は「使いづらい」になりました。
さらにやっかいなのは、アメリカ国内に資産を持っていると、ヨーロッパなどの金融機関と取引する際に大量の書類の提出を求められることです。プライベートバンクでもそうです。スイスなどの伝統的プライベートバンクに口座を開こうとする場合、米国に資産を持っているというだけで多くの追加資料を求められたり、敬遠されるケースがあります。米国人であれば、まず口座開設は不可能です。
スイス、リヒテンシュタイン、オーストリア…
いまや世界の富裕層の金融市場は「米国」と「米国以外」に分裂しつつあります。米国は自国独自のルールや政策判断で金融政策を進めており、OECDの金融情報交換のネットワークにも参加していません。
以上のような点から、プライベートバンクと取引するのであれば、スイスやリヒテンシュタイン、オーストリアなどに口座を開くのがよいと考えています。
次に、どの伝統的なプライベートバンクに口座を開くのが良いかですが、これは顧客個人個人によって相性があると思います。専門家に相談しながら、複数のプライベートバンクから選ぶことをおすすめします。
プライベートバンクとのコンタクトは「紹介」から
それでは、プライベートバンクに口座を開くためには具体的にどのようなステップを踏むのか、またプライベートバンクではどのような形で資産運用が行われるのかを見ていきましょう。
1.プライベートバンクとコンタクトをとる
伝統的プライベートバンクと初めて連絡をとる一般的な方法は紹介です。すでにプライベートバンクの顧客となっている人からの紹介もあれば、関係者からの紹介もあります。多くはありませんがプライベートバンクへの紹介をビジネスとしているコンサルタントもいます。まれに、プライベートバンカーが本国から来日しセミナー等を開催している時に知り合って付き合いが始まることもあります。
いずれの紹介者も本来、プライベートバンクと口座開設希望者を引き合わせるだけでなく、プライベートバンクに対しては一種の身元引受人となる存在です。紹介者が信頼できる相手かどうかは必ず確認してください。
2.事前審査を受ける
プライベートバンクでは口座開設にあたり、あなたの資産状況、資産形成の過程、家族構成、将来の計画や心配事を確認します。
資産形成の過程では、マネーロンダリングに関係した資金ではないかということを特に気にしています。また、家族構成を確認するのは万が一、相続が発生した場合に口座を誰が引き継ぐのかを明らかにしておくためです。
各プライベートバンクで書式などは異なりますが、電子メールや電話、手紙でこうした点について質問してきますので、正直に伝えましょう。
経営者や頭取と面談後、口座番号を取得
3.面談を行う
事前審査と前後して面談を行います。初回は経営者や頭取が出てきて、銀行の経営哲学や歴史を説明してくれることも珍しくありません。
この時はまだ個別の商品の話はなく、ポートフォリオやアセットアロケーションの話もありません。まずは基本的な運用方針の確認(含むリスク許容度の確認)等を通じて、お互いのことをよく知るための時期となっています。プライベートバンクは、顧客のことをよく知ろうとします。それは、個々の顧客に合ったサービスを行うためです。
4.口座番号をもらう
プライベートバンクによって異なりますが、面談と並行して多くの書類に個人情報を含む情報を記入し、いくつかの宣誓書にサインします。それらの書類作業が終わった後に口座番号を連絡してもらいます。
なお、スイスのプライベートバンクといえば以前、「ナンバー・アカウント」が有名でした。口座には名義人の名前がなく、番号だけで管理されるため、秘匿性が高いとされたものです。しかし、非居住者の口座情報が国際的に自動交換されるようになることから、いまではスイスのプライベートバンクも「ナンバー・アカウント」の開設は行わないようです。
5.資金を振り込む
担当者からの指示に従って、自分の口座に資金を入れます。
以前は日本から入金する場合、「ナンバー・アカウント」の場合は、プライベートバンクの役員や担当者宛に送金する方法を取りましたが、前述のようにいまはそのようなことはありません。
顧客担当者による「運用方針」のヒアリング
1.運用方針の確認
口座開設前にも運用方針を確認しますが、実際に運用を開始するにあたって、顧客担当者がヒアリングを行います。顧客自身も自分のニーズがわかっていないことが多く、あるいは漠然として具体的な指示を出せないことが多いからです。
例えば、「安全、確実に増やしたいのか、できるだけ多くの資産を子孫に残したいのか」「目標とするリターンは5%なのか10%なのか」「そのために許容する損失リスクは資産の1割までなのか、3割までなのか」といったことです。
特に重要なのは、運用目標(リターン)とリスク許容度のバランスです。最初はどうしても、リターンは多くリスクは少なくなりがちですが、顧客担当者との間でそれを現実的なレベルにすり合わせていきます。
顧客担当者は、運用をスタートしてからも同じことを繰り返し聞いてきます。
2.ポートフォリオの提示
スイスのプライベートバンクは基本的に、顧客との間で確認した運用基本方針に基づき、一任勘定で運用を行います。
実際の投資対象として多いのは、海外の株式や投資信託ですが、近年はヘッジファンドを組み込むケースも増えています。
どのようなポートフォリオを組むのか、ポートフォリオ案(サンプル)が顧客に対して提示されます。一任勘定が基本とはいえ、助言サービスやカストディ(有価証券の保管・運用)のみのサービスも可能です。
もちろんわからない点は質問したり、場合によっては希望を出すことも可能です。日本人は一任勘定というと、相手にすべて丸投げし、後からその結果に対して細かく注文をつける傾向があります。
しかし、スイスでは一任勘定だからこそ自己責任が大前提です。運用方針を最終的に承認するのは顧客であり、プライベートバンクはその方針に基づき責任を持って運用しますが、最終的な責任は顧客が引き受けるということが常識です。
なお、バンク・フリックなど一部のプライベートバンクは、自社では一切運用せず、すべてを外部の運用会社にエクスターナル・アセット・マネジャーとして委託しています。これは自社の運用能力に自信がないからというより、顧客のニーズに合わせて世界中から最適な運用会社を探してくることに特化するという戦略的な判断によるものです。
顧客から預かった資産をベストな方法で守り、また増やすための目利きに徹するというのは、ある意味理にかなった戦略ではないでしょうか。
運用状況は四半期~年1回の間隔でレポートされる
3.運用と報告
運用にあたっては、特に期間は設定しません。短期的な投資ではないので、出口戦略はありません。あえていえば顧客の寿命くらいまで、現在50歳の人であれば80歳くらいまでのスパンで運用していきます。
運用状況については定期的にレポートが送られてきます。間隔は年1回が普通でしたが、最近は半年単位や四半期単位で報告してくれるところが増えてきています。月次報告は通常ありません。
4.組み換え
もちろん、運用しているファンドの成績や市場環境によっては、その都度、ポートフォリオを見直していきます。顧客側からのリクエストも可能です。
資産運用を一任する場合は、預かり資産の約1.5%
プライベートバンクを利用するにあたっての費用は、いくつかの種類があります。
「アカウントメンテナンス・フィー」は、口座を持つために必要な費用ですが、年間数万円程度であり、資産家にとってはほとんど気にする必要はないでしょう。
メインになるのは、「アセットマネジメント・フィー」です。これは、一任勘定で資産の運用を任せる場合に必要な費用で、預かり資産のおおよそ1.5%程度の料率です。
一方、一任勘定にしない場合は、次のような費用がかかります。
「カストディ・フィー」は、プライベートバンクを資産運用のプラットフォームとして利用し、証券や債券等を預ける際の保管料です。こちらは預入資産に対して年0.2%から0.3%の料率が一般的です。
「アドバイザリー・フィー」は、必要に応じて個別に相談したりアドバイスを受けるための費用で、料率は預入資産に対して年0.6%から1%程度です。
さらに一任勘定にしない場合は、「トランザクション・フィー」も必要になります。これは顧客側から株式等の売買を依頼した場合の手数料で、1件につきいくらと決まっています。一任勘定の場合、基本的に「トランザクション・フィー」も含まれますが、顧客側からの指示で売買するケースもあり、そういう場合には別途必要になることが多いようです。
コストの透明性が高いプライベートバンク
実際には、どのサービスを利用するかによってトータルのコストは変わってきます。
例えば、あとで触れるファミリーオフィスを一族で持っているようなスーパー富裕層の顧客の場合は一任勘定にせず、証券や債券等の保護預かりサービス(カストディサービス)のみを利用することが多く、かかるのは「カストディ・フィー」だけです(スーパー富裕層は自分たちで運用者を雇用しています)。
資産運用にあたって各種アドバイスも欲しいという場合は、さらに「アドバイザリー・フィー」や「トランザクション・フィー」が発生します。
日本人の資産家の場合は、基本的に一任勘定を利用することが多いようです。一つには、金融リテラシーがあまりないことが理由と思われます。一任勘定の場合は、「アセットマネジメント・フィー」がかかることになります。
これらの費用の合計は必ずしも安いとは言えません。しかし、日本の金融機関のようにどれくらいの手数料を得ているのかが顧客にわからないといったことはありません。
最近は、投資信託やファンドの運用会社からのバックマージンをすべて顧客に明示し、かつそれを顧客に全額戻す方針のプライベートバンクもあります(一般的には初めからファンドなどの運用管理料等を割り引いて料金がチャージされます)。
コストの透明性という点も、本場のプライベートバンクの大きな特徴といっていいでしょう。
仲介業者、コンサルタントの中には注意が必要な者も…
ところで、本場の伝統的なプライベートバンクと取引しようとする際、ぜひ注意してほしいのは間に入る日本人です(もちろん外国人の場合もあります)。具体的には、仲介業者・コンサルタント、さらにいうとプライベートバンクにいる日本人バンカーも、です。
仲介業者・コンサルタントを一概に否定するわけではありませんが、中には怪しいところもあるようです。少なくとも、「万が一、この仲介者が消えたら、どこに、誰に相談やクレームを持ち込めばいいのか?」ということを常に意識しておくことです。
その点、仲介業者・コンサルタントのベースが日本国内にある場合、海外にいる場合より相談やクレームはつけやすいはずです。さらにそれが金融庁に登録しているような会社の場合はより安心感が増します。
一方、プライベートバンクと直接やり取りすればそれで安心かというと、実はそうでもありません。
かつて、スイスやリヒテンシュタインなど本場のプライベートバンクで、そこに勤務する日本人バンカーが日本人の顧客の資産を持ち逃げしたケースがあります。そうした被害に遭うのは多くの場合、英語が苦手でそのバンカーをすっかり信用した資産家や富裕層です。
当然、そういうバンカーを雇っていたプライベートバンクに責任がありますが、英語が苦手でうまくやり取りできず、泣き寝入りすることになったりするケースも見られます。
本場の伝統的プライベートバンクだからなんでも任せて安心、というわけにはいきません。プライベートバンクと直接やり取りする場合も、経営者と会って、直接連絡できるような関係を作っておくべきです。
残念なことではありますが、海外にいる日本人には、十分な注意が必要です。
最も危険なのは「海外在住の仲介業者」とのやりとり
まとめると、プライベートバンクと取引を始め、続けていく時には、
①プライベートバンクのバンカー(海外在住)とやり取りする場合
②プライベートバンクのバンカー(国内在住)とやり取りする場合
③仲介業者やコンサルタント(海外在住)を通してやり取りする場合
④仲介業者やコンサルタント(国内在住)を通してやり取りする場合
⑤運用会社(金融庁に登録している国内在住)がプライベートバンクと提携している運用委託先(エクスターナル・アセット・マネジャー)である場合
の5種類があります。
実は、海外在住のプライベートバンカーが日本に来て営業することは金融商品取引法で禁じられています。営業ではなく、セミナーを行うためと言ったりすることが多いのですがグレーゾーンです(①のケース)。
②は安心に見えますが、国内のバンカーが海外(本店)に口座を開くことはありません。国内のバンカーは国内のみに、口座開設することができます。
以前、本店の口座で問題があった場合、国内バンカーは手助けすらしてくれなかったという話を聞いたことがあります。しかし、これは当然です。秘匿性の面から本店口座の情報を他の国の人が見ることはできません。
③は最も危険と思われるケースです。それに比べると④は相手が日本にいる分だけ安心です。
④の仲介業者やコンサルタントが何らかの金融業法に登録していたり、⑤の場合はより安心できると考えられます。
篠田 丈
アリスタゴラ・アドバイザーズ 代表取締役会長