人々の価値観・生き方をも変える「芸術」の力

前回は、芸術への親しみが日常生活にもたらす「プラス効果」を取り上げました。今回は、人の心に作用する、芸術が持つ力について見ていきます。

本物の芸術は、人の心や体を突き動かす

私自身はこれまで、美術商として芸術に関わる仕事をしてきて、「芸術には人々の価値観や生き方をも変える力がある」と確信しています。

 

本物の芸術作品から得られるエネルギーは、人の心や体を突き動かすものです。ここでは、その実例をいくつかご紹介したいと思います。

 

私がまだ独立する前、百貨店の展示会に携わっていたとき、こんな方がいらっしゃいました。

 

当時40代くらいだったその女性は、ある有名な日本画家の作品が描かれたポストカードを真剣に選んでいらっしゃいました。話しかけてみると、その作家の作品が大好きで、その日も先生の作品を観にきてくださったとのこと。「でも本物は買えないから」と、100円ほどのカードを買うことにしたと言います。そこで私がその作家や展示されている絵の特徴や魅力についてお伝えすると、その方は真剣に耳を傾けてくれました。

 

それから約2年が経った頃です。私は同じ百貨店の展覧会で、その女性と再会しました。なんとその方は、大好きな日本画家の版画を購入してくださったのです。金額にして120万円ほどでした。

 

初めてお会いしたときに専業主婦だった彼女は、「やっぱりあの作家の絵を部屋に飾りたい」という気持ちが強くなり、仕事を始めたというのです。それから2年間、ポストカードを眺めながら、コツコツとお金を貯めたのでしょう。彼女のバイタリティにはとても驚かされました。

 

「次は本画ですね」とお声をかけると「それは無理よ」と笑っておられましたが、きっとこの方は本画を買うだろうと感じたのを覚えています。

 

案の定、それからまた6年ほど経ったとき、彼女は、800万円くらいする本画(素描)を購入してくださったのでした。

 

その後20年以上お付き合いは続きましたが、「あの絵を買って毎日が豊かになった。幸せでしょうがない」とおっしゃっていました。

 

彼女はその画家と出会わなかったら、あるいは本物の絵を観なかったら、専業主婦のままだったかもしれません。それが好きな絵を買うために働きに出て、1000万円近くのお金を貯めたのですから、その熱意と行動力には目を見張るものがあります。さらにその結果、ほしかった絵画だけでなく、幸せも手に入れられた――その現場に立ち会えたことを本当に嬉しく思います。

 

心惹かれる芸術作品との出会いや触れ合いは、人の人生を劇的に変えてしまうのだと強く感じた出来事でした。

「アート」が住民に活気をもたらした直島の例

芸術によって地域やそこに住む住民が大きく変化することは、今や「アートの島」として海外でも知られる直島の例からも分かります。

 

直島は香川県にある瀬戸内海の離島ですが、ベネッセコーポレーションと公益財団法人直島福武美術館財団が中心となって行った「ベネッセアートサイト直島」という活動によって、現代アートの島へと変貌を遂げました。島の中にはいくつかの美術館が建設されたほか、古い家屋を改修して空間そのものを作品にする「家プロジェクト」や、屋外に点在するアート作品など、島は現代アートで溢れています。

 

直島に観光に訪れた人数の変化を見てみると、美術館とホテルが一体となった施設(ベネッセハウス)がオープンした1992年に3万6001人だった観光客の数が、2016年には72万7057人にまで増加。24年の間に、20倍以上にもなっているのです。

 

[図表]直島町観光入込客数

*統計数字は1~12月の暦年【出典】直島町観光協会公式「直島(なおしま)観光旅サイト」
*統計数字は1~12月の暦年【出典】直島町観光協会公式「直島(なおしま)観光旅サイト」

 

以上のような観光客の増加に伴い、住民による活動も活発化。例えば、住民が観光客向けにボランティアでガイド活動を行っていたり(直島町観光ボランティアガイドの会)、「うぃ・らぶ・なおしま」という住民団体によって島内外の子どもと保護者を対象に「なおしま自然探検隊」というイベントが行われていたりします。

 

また、香川大学の古川尚幸教授と学生による「香川大学直島地域活性化プロジェクト」では、地元の人を対象とした英語講習会も開催されていて、外国人観光客との交流に積極的な住民もたくさんいるようです。

 

もちろん、観光客が増加したことによる騒音やゴミといった問題はあります。しかし、アートが島やそこに住む人たちに活気や熱気をもたらしているのは、とても意義のあることだと思います。芸術が地域の産業を活性化しているだけでなく、そこに生活する人たちの意識や暮らしにも大きな影響を与えているのです。

戦後の日本人に力を与えた、数々の西洋美術作品

戦後の日本人に、芸術を通して力を与えたと言っても過言ではないのが、戦後から本格的に西洋美術を収集し始めたブリヂストン美術館(石橋財団)や、国立西洋美術館などの存在です。

 

西洋美術館のもととなっているのは、実業家の松方幸次郎がフランスで収集した美術品(松方コレクション)。第二次世界大戦後に一度はフランス政府に差し押さえられたのですが、その後、日本に返還されました。その条件が「作品を公開するための美術館の建設」でした。そして創設されたのが国立西洋美術館です。

 

開館した1959年頃は、まだまだ西洋美術が身近でなかった時代。開館後の1カ月で約9万人の入場者があったそうで、そのすばらしいコレクションを見て感動し励まされ、エネルギーを得た人も多かったのではないでしょうか。

 

また、国立西洋美術館を設計した世界的に有名な建築家、ル・コルビュジエは、戦争は国際理解が足りずに起きたと考えていたそうです。彼には、国立西洋美術館を通して西洋を理解してほしいという願いがありました。コルビュジエが考えた通り、外国の芸術や文化に触れることは、その国を理解する手掛かりにもなると思います。これも芸術の大切な役割の一つでしょう。

 

ここで取り上げた話は、芸術の力を表す事例のほんの一部です。おそらく、今から2万年前のフランスのラスコーやスペインのアルタミラの洞窟に壁画が描かれた時代から(あるいはもっと前から)、芸術は多くの人間たちにインスピレーションを与えてきたのだと思います。

 

私たちも芸術の力を意識的に取り入れれば、コミュニケーション能力だけでなく、やる気や行動力などといったさまざまな力が得られるのではないでしょうか。

靖山画廊 代表 

共立女子短期大学卒。出版社や企画会社を経て、1996年に株式会社アートジャパンを設立。東京は銀座に「靖山(せいざん)画廊」を構える。その審美眼により数々の新進気鋭作家を発掘し、多数の展覧会を手掛ける。トレンドを抑えた催事を企画したり、銀座の画廊を気軽に楽しめる「画廊の夜会」「クリスマスアートフェスタ」などを主催する銀座ギャラリーズの理事を務めたりと、一般に敷居の高いイメージがある芸術の魅力を日本中に広めるべく奔走中。

著者紹介

連載グローバル時代のビジネスに役立つ!教養としての「芸術」入門

 

教養としての「芸術」入門

教養としての「芸術」入門

山田 聖子

幻冬舎メディアコンサルティング

多数メディアで活躍中の「ギャラリスト」が解説! 初心者でも楽しみながら学べるはじめての「芸術」ガイド。 【目次】 第1章 日本人は「芸術」への関心が不足している 第2章 「芸術」は世界共通の“コミュニケーションツ…

 

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