大手2社による寡占供給状態…高い参入障壁が存在
航空機の価格安定性に寄与するもう一つの要因として、航空機の供給が大手2社による寡占市場であることが挙げられます。航空機メーカー(OEM)の代表的な企業は、ボーイング社(アメリカ)、エアバス社(EU)、ボンバルディア社(カナダ)、エンブラエル社(ブラジル)ですが、中でもボーイング社とエアバス社の2社が強力に市場をリードしています。エアバス社はこの20年でマクドネル・ダグラス社のシェアを奪うような形で一気にシェアを伸ばしました。
航空機市場は戦後長い間アメリカ企業(ボーイング社とマクドネル・ダグラス社、過去にはロッキード社も民間航空機を製造)によってほぼ独占状態が続いていましたが、この状況に危機感を持った欧州諸国のサポートを受けたエアバス社は急ピッチでシェアの獲得に成功し、現在はボーイング社と熾烈な開発競争を繰り広げるまでに成長しました。その結果、ボーイング社とエアバス社の2社が占めるシェアは年々増加しており、2社による寡占市場が形成されています。
堅調な航空旅客需要を受け、ボーイング社もエアバス社も積極的に生産(デリバリー)数を増加させてきました。両社とも歴史的に年間200~400機ずつ航空機をデリバリーしてきましたが、年々生産能力を増強しており、足元の2016年では各社550機前後と記録的な純増数を実現しています。
航空機は毎年退役する機体もありますので、デリバリー数で見てみるとボーイング社が563機(ナローボディ:368機+ワイドボディ:195機)、エアバス社は688機(ナローボディ:545機+ワイドボディ:143機)でした。各社ともに1日1.5機以上コンスタントに製造した計算になり、あれだけ巨大な航空機が毎日数機ずつ製造されているとはなかなか興味深い数字ではないでしょうか。
近年では座席数が100席に満たないリージョナルジェット機の分野で世界的な新規参入の動きがあり、ボンバルディア社とエンブラエル社の牙城を崩さんと、三菱航空機のMRJ(日本)、スホーイ社のSSJ(ロシア)、中国商用飛機のARJ(中国)がしのぎを削っています。加えてさらに小さなビジネスジェットと呼ばれるカテゴリーでは、本田技研によるホンダジェットがデリバリーを開始し世界的なヒット機となっていることがさまざまなメディアでも取り上げられ、多くの方が見聞きされたことかと思います。
しかしながら、現実的に航空機業界をリードしている航空機はナローボディ機とワイドボディ機であり、これら100席以上の航空機を実質的に供給することができるのはボーイング社とエアバス社の2社に限られているのが現状です。
もちろん、ボーイング社とエアバス社以外の会社もこのカテゴリーに参入しようと開発を続けていますが、航空機の開発には巨額の資金と高い技術力、そして許認可を取得するノウハウが必要であり参入障壁は非常に高いのです。ボンバルディアとエンブラエルそして中国商用飛機がナローボディ機の開発に精力的に取り組んでおり、一部の機種は実務運用レベルに達し始めていますが、許認可や実績、量産体制など超えなければいけないハードルは数多くあり、いまだにボーイング社とエアバス社トップ2社の脅威となる段階ではありません。
超えなければならないハードルが数多くあり参入障壁は非常に高いと書きましたが、三菱航空機のMRJを例に挙げると、完成品のお披露目であるロールアウトは予定より5年遅れており(※4)、型式証明の取得を含めた初号機のデリバリーの見通しは現時点(2018年6月)でも不明瞭な状況です。
※4 MRJは初期構想では2007年にロールアウト、2009年に型式証明取得・運用開始のスケジュールでスタートしたが、MRJの名称が決定し専門業者(三菱航空機)を設立した後の計画では2011年初飛行、2013年デリバリー予定と発表。その後、設計の見直しに伴い2012年第2四半期の初飛行、初号機デリバリーは2014年第1四半期とスケジュールが変更された。
日本の製造業は世界でトップクラスの実力と実績を持っていると思いますし、航空機製造の分野においても素材や部品などで日本企業の貢献は高く、もはや航空機製造において日本の技術は必要不可欠であるといっても過言ではありません。
例えば、ボーイング社の最新鋭機であるボーイング787では機体構造の約35%を日本企業が担当しており、そのほかにも数多くの部品供給を日本企業が行っているため(※5)、メイド・ウィズ・ジャパンと称されることもあるほどです。しかしながら、それでも完成機を企画・設計・開発・生産することは容易なことではないのです。座席数が100席未満の小さめのジェット機ですらこれだけ苦労することからもわかるかと思いますが、座席数100席以上のナローボディ機やワイドボディ機の開発となるとそれがいかに難しいことかは想像に難くありません。
※5 航空機部品の世界でも日本企業の活躍はめざましく、大手企業だけでなく多くの中小企業も存在感を増している。航空機で使用される部品はOEMより高いスペック(重量、耐久性、耐火性等々)が求められ、徹底したテストと品質検査に合格する必要があるが、その対象は小さな部品にまで及び、小さな部品であっても開発競争は激しい。
日本の中小企業の活躍の例として、座席の上の棚には中を見渡せるようにミラーが貼ってあるが、日本のコミー株式会社(埼玉県川口市)がその高い品質と機能によってOEMの厳しい認可を勝ち取り、現在は機内荷物棚用ミラーの100%近いシェアを占めている。
小さめの航空機の開発ができれば後は大きくするだけなので、リージョナルジェットの開発に成功したらすぐにナローボディ機やワイドボディ機の開発を手掛けることができるのではないか? とご質問される方も少なくありませんが、航空機はほかの移動手段(船舶や自動車、バスなど)とは異なりキャパシティを大きくすることは容易なことではありません。
航空機を大きくするのが難しい理由をシンプルに説明すると、例えば2倍大きな航空機を作ろうとすると、体積(≒重量)は8倍に増加する一方で揚力を生む羽の面積は4倍に留まります。したがって、強力なエンジンを開発するとともに、ボディーは剛性を保ちながらより強く、より軽くと相反する技術的課題を解消していかなければならないのです。
技術的な難しさに加え、参入コストが非常に高いことも参入障壁の一つとして挙げられます。ボーイング社とエアバス社の2強はデザインエンジニアリング、生産工程で常に革新を積み重ねた結果、さまざまな工程が効率化(≒コストダウン)されており、2強の水準にまで達するのは容易なことではありません。
加えて開発や量産に係る設備投資は膨大であり、例えばボーイング社の主力工場であるボーイング・エバレット工場は巨大の一言。『世界最大の容積を持つ建造物』としてギネス認定されているほどです。工場全体で4万人が勤務しており、秒速数ミリのスピードで流れ生産を行っています。
高度な技術力と膨大な資金、無数の労働力によって航空機の供給は行われていますが、それぞれが非常に高い参入障壁となっていますし、同時に2強も現在の生産能力を大幅に増強することは簡単ではありません。航空機の開発・生産がどれだけコストが必要かお分かりいただけたことかと思いますが、これだけの資本と労力をかけて開発した航空機が本当に開発コストを回収し利益を生むほど販売できるかはわかりません。
過去の例としては、マクドネル・ダグラス社のDC-10という航空機は事故が頻発したために型式証明が停止となり、世界中で運航が禁止となりました。その後の事故調査委員会の報告では、事故の原因は航空機の設計や製造ではなくエアラインの整備不良であるという結論が出されましたが、マクドネル・ダグラス社の信用回復は芳しくなく、ボーイング社によって買収される原因となりました。
また、近年急速にシェアを伸ばしたエアバス社ですが、超大型機であるエアバスA380は受注に苦戦しており、生産縮小が発表される中、開発費まで含めたコストの回収は絶望視する見方が優勢です。
このように航空機ビジネスは技術的・資本的に高い参入障壁があるだけでなく、参入後も非常にリスクが高い産業です。将来的には日本を含めた他国が参入してきたり、革新的な航空機をベンチャー企業が開発したりするかもしれませんが、現在の寡占状況は今後しばらくの間は継続すると見られており、短期間の間に航空機の需給バランスが大きく崩れたり変化したりする可能性は低いと言えます。
澁田 優一
マーキュリアインベストメント
野崎 哲也
旭アビエーション