前回は、M&Aで成功している投資家が「時間」を大切にする理由を取り上げました。今回は、M&Aの現場でも悩ましい「会社は誰のモノなのか?」という問題について考察します。

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キーマン役員や少数株主など、白黒つけられない場合も

「会社とは誰のモノなのか」という議論は、ライブドアや村上ファンドが世間を賑わせた10年以上前に活発に議論されたと記憶しています。そのころの時代背景もあり、「会社は社会のモノ」「社員のモノ」いう論調が出てきました。ただし、当時の議論は上場企業、大企業を中心に行われていました。

 

未上場企業、中小企業の場合は、「株主」と「社長」が同一人物であるというケースが大半のため、「株主のモノ」という定義が一番分かりやすい説明です。ただし、M&Aの現場では、さまざまな利害関係者が思わぬ主張をすることもあり、M&Aアドバイザーとして悩む場合が多々あります。具体的な事例をあげながら、このテーマに切り込み、筆者なりの見解を導き出したいと思います。

 

◆キーマン役員の存在

 

未上場企業でも、株は持っていないが、会社を実質的に切り盛りしている社長・役員が数多く存在します。自他ともに認めるマネジメントのキーマンです。

 

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M&Aの事業価値評価において、そのキーマンの去就が重要ポイントになります。譲渡後も一定の期間在籍してもらうことを約束する「キーマン・クローズ条項」として契約書に織り込むこともあります。

 

このようなケースでも、譲渡代金は株式の所有者である株主に支払われます。自他ともに認める会社のキーマンであったとしても、M&Aの実務においては所有者ではないことが明確になります。とはいえ、キーマンが不満を持ち辞めてしまうと、企業価値・譲渡代金が毀損するため「退職金」などで対応することがあります。実質的には、譲渡代金をキーマンとシェアするため、結果として所有者の一部ともいえるかもしれません。

 

◆少数株主の主張

 

たとえば、少数株主は持ち株比率が3%程度であっても、会社法上では「株主総会の召集」「帳簿の閲覧」などの権利が与えられます。この株主の方々が、未上場企業でも、急遽、意見を述べることがあります。それが、まさにM&Aのタイミングです。価格は妥当か、もっと高値で売れるのではないかなどです。少数株主でも、会社の所有者であることを示す一面です。

 

少数株主対策としては、事前に株式を買い取ってしまうのが理想ですが、このように面倒な株主には合法的に退出していただくことも可能です。スクイーズアウト(Squeeze Out)という手法で、90%の議決権を保有していれば、少数株主が保有する株式を強制的に買い取ることができる権利です。比較的新しい制度で、2014年の会社法改正によって新設されました。それでも、心情的に揉めることが想定されます。会社の売却を検討した場合には、時間をかけて少数株主対策を考えておくことが必要です。

 

◆「従業員」の主張

 

決してキーマンではなく忠誠心も低い方々のなかに、「会社は従業員みんなのモノ」と主張する方がまれにいます。筆者が過去に関わった会社でも、中途採用した契約社員が従業員代表としてさまざまな権利を主張し、社内が混乱したことがありました。労働組合のない中小企業でも、36協定(時間外労働に関する労使協定)にもとづいて、契約社員が従業員代表になることができます。このようなケースの場合、買い手からは敬遠され、アドバイザーとしても当然仲介リスクがあるため、関与が難しくなります。

 

余談となりますが、この社員は退社を受け入れる代わりに、退職金ではなく示談金を迫ってきました。わずか入社半年の契約社員です。つけ入られる隙を与えてしまった社長にも責任はありますが、労働者の権利・主張が高まるなか、このような事例が増加する可能性はあります。

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◆誰が会社の危機を救うのか

 

社長が従業員に任せられない仕事のひとつに、資金繰りの最終責任というものがあります。会社が立ち行かなくなった場合には、最終的に社長が全責任を負って、私財を投げうってでも会社を存続させなくてはなりません。

 

普段から「会社は従業員のモノ」といっている方々でも、会社が窮地に陥った場合に、会社に出資、貸付を行うケースはおそらくまれでしょう。もし、それが実現できるのであれば、精神論ではなく「会社は従業員のモノ」といえます。実際に、そのような事例は存在します。

 

◆従業員による企業買主のケース

 

M&Aの一形態として、EBO(Employee Buy-Out)があります。従業員による会社買収であり、まさに一社員からオーナーに変わる瞬間です。ある広告会社が経営危機に陥った際、オーナー社長が何も手をうちませんでした。そのため、若手の従業員が会社分割というかたちで資金調達を行い、譲渡を受けました。久しぶりにその若手社員に連絡をすると、事業は順調に推移し、上場も視野に入れたいとのことでした。このケースで、無責任なオーナー社長と、やる気と責任感のある従業員がいることに気づきました。

 

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このテーマには、本音と建前もあります。たとえば、「会社は従業員のモノ」と社長が公然といっている会社の給与水準はとても低かったりすることがあります。また、それぞれの会社との関係性、会社に依存する側、与える側でも議論が違ってきます。

 

筆者がこの疑問を真剣に考えたのは、やはり10年以上前のことです。資本主義のど真ん中でM&Aに関与していたので「会社は株主のモノ」と疑いませんでした。スモールM&Aを経験して得た結論は「最後に経営責任をとれる人のモノ」ということです。もちろん、この答えに正解はないので、一意見として参考にしていただければと思います。

 


齋藤 由紀夫
株式会社つながりバンク 代表取締役社長

 

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