相続でもめたあげく、仲がよかった親族が憎しみ合い、絶縁状態になるケースは少なくない。また、近年の法改正により、このような問題に頭を抱える人たちは、ますます増加することが想定される。もし自分の身に降りかかったら、どうすべきか。本連載では、リアルなエピソードを追いながら、相続トラブル解決のヒントを探る。

誰の目から見ても仲よしだった夫婦、親子、兄弟が…

家族というものは、本来は仲がよいものである。夫婦はお互いのことが好きで一緒になったはずだし、どの親にとっても我が子が世界一かわいい。親は子を愛し、子は親を慕い、兄弟姉妹は支え合う。そういった思いが根底にあり、家族は家族として成立している。

 

もちろん、たまにはケンカもするだろう。

 

「こいつと結婚したことが一生の不覚だ」

「別の家の子に生まれたかった」

「兄弟なんていらない」

 

ケンカした時はそう思うこともあるものだ。しかし、それでもまた家族としてまとまる。愛情や思いやりが根底にあるから、多少のことで家族関係は壊れない。ケンカするほど仲がよいともいうではないか。

 

家族論を披露したいわけではない。相続の話だ。

 

強い絆で結ばれている家族をこっぱみじんにするのが相続である。相続という誰にでも起きるイベントが、家族の根底を支える愛情を破壊する。相続によってやりとりされる土地、家、お金などが、家族の絆を叩き潰す。そういう悲劇を、私は何度も目の当たりにしてきた。

 

次回から紹介するエピソードはその一部であるが、似た例はゴマンとある。誰の目から見ても仲よしだった夫婦、親子、兄弟が、相続を機に憎しみあうようになる。一生顔を合わせることのない戸籍上だけの家族となってしまうのだ。

「もらえるならもらおう。もらわないのは損だ――」

相続トラブルが起きる原因は何か。要因はいくつかあるが、その1つは税法の改正によって相続税の対象が広がったことだろう。

 

改正前の法律では、相続する財産に対して、5000万円+(1000万円×法定相続人の数)という基礎控除があった。基礎控除とは、相続税を計算するときに省いていい金額のことだ。

 

例えば、父親が亡くなり、母親と子ども2人が相続人となる場合の基礎控除は8000万円となる(計算式:5000万円+(1000万円×3人)=8000万円)。

 

そのため、相続する遺産が1億円であっても、基礎控除の8000万円を引き、残りの2000万円にだけ相続税がかかる。逆にいうと、遺産が8000万円以下なら相続税はかからない。相続する遺産が8000万円を超える家はそれほど多くはないだろうから、一般的に相続は「お金持ちだけに関係ある話」となっていた。

 

ところが、2015年に法律が改正され、基礎控除の額が小さくなった。現行の法律の計算式は、3000万円+(600万円×法定相続人の数)だ。

 

前述した母親と子ども2人が相続するケースで計算してみると、基礎控除は4800万円で、従来の60%になる。以前は遺産が8000万円以上ある人が相続税の対象であったが、今は4800万円以上の人も相続税を納める。

 

4800万円という金額は非常に微妙なラインだ。都市部に家を持つ人なら、その評価額で基礎控除の枠をはみ出てしまうこともある。最近はリッチな高齢者も増えているため、預金だけで控除額を上回ることもあるかもしれない。

 

法改正によって相続税の課税対象者が増えた。今まで無縁だと思っていた相続税が身近になった。結果、これまでお金持ち層に含まれていなかった家でも相続について考える機会が増え、もめる機会も増えやすくなったのだ。

 

ここで重要なのは、相続税が発生することよりも、実は自分の家が「相続が発生する家」だったと気づくことだ。つまり、自分の家がお金持ちだったのだと気づく。これがきっかけとなり、自分の家の財産を見る目が変わる。

 

自分の家は実はお金持ちだった。ならば、何かもらえるかもしれない。そう思うようになるのだ。

 

しかも、思考は徐々にエスカレートしていく。

 

もらえるならもらおう。もらわないのは損だ。もらわなければならない──。

 

そう考えるようになり、あれが買える、これも買えるといった皮算用が始まる。なかには、できるだけ多くもらおうと考える人もいる。金欲や物欲は簡単に膨張するのだ。

 

相続は誰かが亡くなることによって発生するものであり、見方を変えれば、1人の死につき一度しか発生しない。相続する側としては、まとまった財産が手に入る一度きりのチャンスに見えることもある。それならば、これが欲しい、もっと欲しいと主張したほうが得だ。今言わずにいつ言うのだ。そんな風に考える。

 

すると、お金や土地の分け前に意識が向かい、家族のことが目に入らなくなる。そこから骨肉の争いが始まる。兄弟が取り分でもめるケースはその典型的な例である。大好きだったお兄ちゃんやかわいがってくれたお姉ちゃんが邪魔な存在になり、かわいかった弟や一緒に遊んだ妹が敵になる。

 

兄弟ゲンカをした時の「兄弟なんていらない」とはまったく別の次元で、本気で兄弟姉妹を憎み、恨み、罵るようになってしまうのだ。そこに義理の兄弟姉妹がからむと、事態はいよいよ修羅場になる。火に油を注ぐように、ちょっとした知り合いもおもしろ半分で口を出す。

 

「もっともらえるはずだろう」

「兄の取り分のほうが多いのはおかしいじゃないか」

 

そうやって相続人を焚きつけ、トラブルが炎上する。その炎の中で強固だった家族の絆が焼き尽くされるのである。相続トラブルが起きる家のほとんどは、ごく普通の家である。

 

今後ご紹介するエピソードを読んでいく中で「ひどい兄弟だ」「とんでもない家だ」と思うかもしれないが、かつては彼らも仲睦まじく暮らす家族だった。

 

相続トラブルは決して他人事ではない。誰にでも、どの家にでも起こりうる家族崩壊の危機なのである。

 

 

 

髙野 眞弓

税理士法人アイエスティーパートナーズ 代表社員

炎上する相続

炎上する相続

髙野 眞弓

幻冬舎メディアコンサルティング

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