「借地権をタダで返してしまうのですか?」
父(80)と母(77)は、45年前に東京の郊外に土地だけを借り、そこに建てた家で生活してきました。息子(50)はその家で育ち、約30年前に独立して別に暮らしていました。最近、父が亡くなり、息子が母を引き取ることにしたため、実家が不要になりました。
息子は地主を訪ね、そういう事情なので土地を返したいと伝えると、地主に、
「わかりました。それでは、契約書にある通り更地に戻してください」
と言われました。そういうものかと納得し、家を取り壊して更地にするにはいくらかかるのだろうと私のところへ相談に来ました。
そこで私は、
「取り壊しはだいたい100万円ですが、借地権をタダで返してしまうのですか?」
と質問をしました。そしてさらに、
「この土地は所有権を持っているとしたら、かなりの高額になります。だから、その土地を借りているお母さんは、借地権という相当高い評価ができる権利を持っているのです。それを買い取ってほしいと地主に請求できるのです」とアドバイスをしたところ、とても驚かれていました。
そして、その情報を元に地主と交渉してみたところ、100万円を負担して更地にして地主に土地を返すつもりだったものが、借地権を買い取ってもらえることになりました。取り壊し費用と相殺した上で、1500万円で権利を譲渡して土地を返すということになったのです。
「所有権の6割程度の価値」を持つ借地権
借地権。
借りている土地に発生する権利のことです。この権利はれっきとした財産なのですが、実は、それをご存じない方が本当に多いのです。
住居は、自己所有か賃貸(賃借)かの区別で、大きく分けて3種類あります。
①建物(自己所有)、土地(自己所有)
②建物(自己所有)、土地(賃借)
③建物(賃借)、土地(賃借)
①はいわゆる持ち家、③は一般的な賃貸住宅です。今回のケースは②にあたります。
さて、③の賃貸住宅ならば、返すときは契約が終了して居住者が荷物を持って出ていって、それで終わりです(敷金の返却くらいはあるかもしれません)。
ところが、②の土地だけ借りている場合も同様に、契約を終わりにして敷地を真っさらにして返すだけかというと、違うのです。借地権というのはかなり大きな権利で、住宅地の場合、所有権の6割程度の価値を持ちます(地域によって差があります)。
このケースでは、4500万円と評価される土地ですから、借地権を評価すると計算上では2700万円。土地を借りていることで、借り手は2700万円相当の権利を持っているのです。ただ、それは国税庁が決めた数字ですから、実勢価格とは異なり、実際はかなり下がります。
さて、例に挙げた件では、当事者である息子さんと地主の交渉の結果、地主が1600万円で借地権を買い取り、取り壊し費用の100万円を差し引いて1500万円を息子に支払うことになったのです。借地権について知らなければ、地主の言うがまま、100万円かけて自腹で更地にして土地を返してしまうところでした。借地権というものを知っているか知らないかで、これだけ金額が変わってくるという好例です。
借地権は大きな財産。
ということは、例に挙げたケースからは離れますが、一等地の借地権を持っている人が亡くなった場合、莫大な相続税がかかってくるということでもあります。借地権は、実際に売買される価格よりも国税庁による評価額が大幅に高いことがほとんどですから、相続税対策としては、相続が発生する前に売って整理しておいた方が節税になります。
小林 啓二
一般社団法人あんしん相続支援センター 理事
アセット東京株式会社 代表取締役