今回は、「成年後見制度」と「民事信託」について解説します。※本連載では、一般社団法人あんしん相続支援センター理事の小林啓二氏の著書、『相続の問題は不動産の問題です!』(南雲堂)の中から一部を抜粋し、実例をもとに、不動産にまつわる相続トラブルの解決策について解説します。

認知症の症状が出てから「自宅の売却」は可能か?

母(85)は15年前に夫を亡くし、東京都内北部の私鉄駅そばの家(土地・建物とも自分名義)で一人暮らしをしています。現在は身の回りのことは不自由なく、息子(58)が定期的に顔を出す程度で問題なく暮らしています。

 

ただ、母の同年代の友人なども施設に入る人が増えてきました。そのため親子で将来のことを調べ始めました。特別養護老人ホームはなかなか空きがなく、資格を満たしていてもそう簡単には入れないと知ります。そのため、母が現在暮らしている家・土地を売り、有料老人ホームの入居費用に充てればいいじゃないかと考えました。

 

[図表1] 認知症の症状が出てから自宅を売ることはできる?

 

しかし、現在は生活に問題はないため、今すぐ家を処分したくはありません。何かあるまでは、住み慣れた今の家で暮らしたいのです。何年か先、認知症を患わずらって一人暮らしが難しくなったとして、そのときに不動産を処分してホームへ移ることができるのでしょうか。

時間、そして手間や費用がかかる「成年後見制度」

高齢化社会を迎え、一人暮らしの親を施設に入れるため、家を処分したいという相談も多く受けます。

 

お元気な状態であれば何も問題はないのです。しかし、もし認知症の症状が現われているとしたら、本人名義の財産の売却は簡単にはいきません。

 

ですから、「今は何もせず、認知症でホームに入る必要ができたときに土地を売ればいい」、という方法はとれません。そう話すと驚かれる方も少なくありませんから、一般の方には意外なことなのでしょう。

 

[図表2]民事信託と成年後見制度

 

不動産の売買は契約です。契約書に書かれた条件を自分で確認して署名捺印することが必要です。しかし以前は、そのあたりのチェックは厳格には行われていませんでした。だから、

 

「家族全員承諾していますよね? じゃあ、進めましょう」

 

と、家族だけの同意で不動産を売却してしまうケースもあったのです。しかし、現在はそのあたりは厳格になりました。登記を行う司法書士も、きちんと本人の意思を確認します。守らなかった場合は資格剥奪等の厳しいペナルティもあるので、認知症の症状が出ている方の不動産売買はまったくできません。

 

では、認知症が発症した後に財産を処分するためには、どうしたらいいのでしょうか。

 

ひとつは、成年後見という制度があります。裁判所に成年後見制度の申し立てをして、さらに居住用不動産処分許可の申し立てをして裁判所から許可を得る、という流れになりますが、時間がかかるばかりでなく、それなりの手間や費用がかかることになります。

 

そして、この制度は当事者の財産を保つことに主眼を置いているため、自宅を売って介護施設への入居費用に充てるといったようなことには、あまり適していないのです。ですから、例に挙げたケースのように、認知症が発症してから家を処分して施設に入るという順番には向きません。

「民事信託」は画期的な制度だが…

もう少しスムーズに動けるやり方はないのかというと、『民事信託』を利用する方法があります。

 

民事信託とは、2006年に信託法という法律が改正されてとても利用しやすくなった制度です。財産の権利の中で、管理や処分といった権利だけを家族に委託することができます。この手続きをしておけば、不動産所有者が認知症になったとしても、管理を任された家族が不動産の売却をすることができます。

 

もちろん、財産自体はもとの所有者のものですから、売却して入ってきたお金は所有者のものです。例に挙げたケースでいえば、息子さんを民事信託の受託者にしておき、息子さんの権限で不動産を売却し、認知症のお母さんのホーム入所の費用として使えることになります。

 

この信託という方法はとても画期的な制度なのですが、契約書の作成が非常に重要なので、民事信託にも精通した専門家への依頼が必須となります。

 

 

 

小林 啓二

一般社団法人あんしん相続支援センター 理事

アセット東京株式会社 代表取締役

相続の問題は不動産の問題です!

相続の問題は不動産の問題です!

小林 啓二

南雲堂

実は相続の問題の殆どは「不動産の問題」です。不動産には税金のように数字だけでは割り切れない問題がたくさんあります。不動産歴33年、著者の経験を基にして不動産相続にまつわる問題を「あんしん相続」へと導きます。従来の…

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