前回に引き続き、将来キャッシュフローが推定しずらいものの価値を求める手順を紹介します。今回は、EV/EBITDA倍率等について見ていきましょう。※本連載はジブラルタ生命保険株式会社勤務、冨島佑允氏の著書、『投資と金融がわかりたい人のためのファイナンス理論入門 プライシング・ポートフォリオ・リスク管理』(CCCメディアハウス)から一部を抜粋し、株や債券、事業や不動産などの「本来の価値」を推定するプライシング理論について解説します。

企業買収のコストを導き出す「EV/EBITDA倍率」

前回の続きです。

 

比率としてよく用いられるものとしては、例えばEV/EBITDA倍率があります。EVとは企業価値(EnterpriseValue)のことで、その企業を買収して完全に自分のものにする場合に、どれくらいのコストがかかるかを表しています。

 

企業を買収して完全に自分のものにするには、まずは株式を全て買い占めなければなりません。そのためには、対象企業の株式時価総額と同じ金額を用意する必要があります。また、その企業が自分のものになるということは、その企業の借金(有利子負債)も自分が返済しなければならなくなるため、その分のお金も用意する必要があります。

 

一方、企業が現預金を保有していた場合、そのお金は借金を返済するために使えるので、準備すべき金額から差し引くことができます。結果として、EVは以下のように計算することができます。

 

EV=株式時価総額+有利子負債-現預金

現金を貯め込んでいる企業は、価値を低く評価される!?

ここで、現預金が引き算されていることに注意してください。企業経営論などで、「収益を投資に回さず現金を貯め込むのは良くない」という話を聞いたことがあると思いますが、この数式はそうやって理解するとわかりやすいでしょう。ろくに投資もせず現金を貯め込んでいる企業は、それだけ価値を低く評価されてしまうということです。

 

日本企業の中には、企業価値を計算するとマイナスになってしまう企業も多くあります。時価総額が低く、有利子負債もほとんどなくて、かつ現預金を多く保有していれば、そういう計算結果が出てきます。では、そういった企業は無料で買える、あるいは、買うことで逆にお金を受け取れるのかというと、必ずしもそういうことにはなりません。

 

実際の企業買収の際は、企業の理論的価値(EV)に買収プレミアムを上乗せして買収価格を決定します。これは、買収することで企業経営のコントロール権を握り、経営を改善することで得られる将来キャッシュフローの増加分の価値と考えることができます。あるいは、買う側の企業とのシナジー効果(お互いの強みを生かし、弱みを補い合うことによる相乗的な経営改善効果)によって、互いの将来キャッシュフローが増加する分の価値と考えることもできます。

 

いずれにせよ、将来キャッシュフローの増加を期待してプレミアムを上乗せするわけです。したがって、EVの価格がそのまま買収価格になるわけではない点は注意してください。

投資と金融がわかりたい人のためのファイナンス理論入門

投資と金融がわかりたい人のためのファイナンス理論入門

冨島 佑允

株式会社CCCメディアハウス

投資に使える! 金融がわかる! これから始める人でもファイナンス理論の“あの独特な考え方”が一から理解できるように、資産運用に携わってきた金融のプロが 1.プライシング理論(“本来の価値”をどうやって求めるか?…

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