「完全に破綻する可能性」はきわめて低いものの・・・
ひとむかし前なら、公的年金の保険料さえしっかりと払い続けていれば、定年退職後の暮らしを支えるのに十分な年金が受給できると、信じることができた。実際に現在、年金生活を送っている高齢者たちの多くは、悠々自適とはいかないまでも、人間的で文化的な暮らしを送るのに十分な額の年金を得ていると言ってよいだろう。
しかし、現在働き盛りの30代、40代はもちろん、10代や20代の若い世代の人々は、現在の年金受給世代と同じだけの恩恵を受けることはできないだろう。少子高齢化が進むにつれて公的年金の支給額がどんどん目減りしていくことは、間違いないからだ。
近年は、年金の保険料を払わない若者が増えているなどとニュースで報じられることがよくあるが、若い世代ほど損をするような世代間格差が年金制度に存在する以上、年金保険料を払い渋る彼らの心情もわからなくはない。低所得などを理由に保険料の支払いを免除あるいは猶予されている人を除いて、現在の国民年金保険料の未納率が約4割にものぼるのは、そうした現状に対する若い世代の不満の表れでもあるのだろう。若い世代のなかには、いっそのこと年金制度を廃止してしまったほうがいいとまで主張する人もいるほどだ。
とはいえ、年金制度が完全に破綻する可能性はきわめて低いということは、さまざまなシミュレーションでも明らかになっている。
たしかに、日本という国家体制が破綻してしまった場合には、年金制度も崩壊することになるだろうが、日本という国そのものが維持できているのに年金制度だけが破綻するという考えは、あまりにも非現実的だと言わざるをえない。それに、万が一、公的年金がなくなってしまえば、国は、生活できなくなった高齢者に生活保護費を支払って、高齢者の生活を支えねばならなくなる。それを賄うのは税金なのだから、年金制度がなくなっても現役世代の負担自体が減るわけではない。
だが、現時点で年金が支給されている高齢者だけではなく、これから高齢者になる現役世代のためにも、社会保障制度としての年金制度を持続させていくためには、前述のように、年金支給額の引き下げや保険料の引き上げは避けられない。年金支給額の減額や年金支給年齢の繰り上げといった対策を行わずに、年金制度を現状のまま維持するということは、不可能だからだ。
これまでは、公的年金の支給額は、物価の変動に合わせて変わってきた。たとえば、厚生労働省が2017年1月27日に発表した年金支給額の0.1%引き下げなども、物価の下落を受けたものだ。しかし今後、物価が上がっても現役世代の賃金が上がらないとなれば、高齢者は年金支給額が変わらずこれまでと同じ生活が送れるのに対し、現役世代だけが苦しい生活を強いられるという、不公平な世代間格差が起きる。
年金だけでは「下流老人」へ転落するリスクも
そのため安倍政権は、2016年11月25日の衆議院厚生労働委員会で、年金改革法案を採決した。この法案は、野党や一部マスコミなどからは「年金カット法案」などと揶揄(やゆ)されているが、あくまでも年金制度を維持継続させるための法案である。年金制度が危機に瀕しているのは財政の厳しさゆえであるから、制度を維持するためには、年金支給額をセーブすることは避けられないのだ。
年金制度運用資産額は、2016年末時点で144兆9034億円。単年度で見れば、市場動向によってプラスのときもあればマイナスのときもあるが、いますぐ年金危機に陥る可能性は、まずないだろう。今回の年金改革法も、「このままでは将来的に危機的な状況に陥ることが予想されているから、年金財政に多少の余裕があるうちに早めに対策を打っておこう」という意味合いが強い。
とはいえ、この法案が実施されれば、老後の生活がいま以上にシビアなものになることは事実だ。年金の支給額が、物価と賃金のうち下落幅の大きいほうに合わせて減額されるようになるからだ。社会情勢に応じて年金支給額を自動調整する、いわゆる「マクロ経済スライド」の改定が実施されるのは2018年4月からになるが、実際に年金支給額に大きく影響が表れるのは、賃金変動が物価変動を下まわる場合に賃金変動に合わせて年金支給額の調整が始まる、2021年4月からになると見られている。
こうなると、年金制度が崩壊することはないかもしれないが、今後は、年金だけに頼っていては「下流老人」へと転落するリスクが高くなるばかりだ。国にすべてを頼るのではなく、高齢者も、これから老後を迎える現役世代も、自分の身を守るために策を講じなくてはいけない時代が到来しているのだ。