この50年で約440倍に激増した100歳以上の高齢者
われわれ日本人にとって「悠々自適な年金暮らし」は、もはや夢物語にすぎないのかもしれない。
現在では誰もがあたりまえのようにとらえているが、定年年齢が実質的に60歳と法制化されたのは1986年のことだ。それまでは、多くの日本企業では55歳定年が主流だった。
しかし、急激に進んでいく長寿化に対応しようと、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の改正により60歳定年が企業の努力義務となり、1994年の改正で60歳未満の定年制が禁止となった(1998年施行)。さらに、現在では65歳への引き上げを検討している会社も一部であるように、将来的には、元気な高齢者はもっと長く働き続けられる社会が実現すると見られている。
こうして徐々に定年年齢が引き上げられてはいるものの、平均寿命はそれを上まわる勢いで延び続けている。これからの日本は、100歳まで生きるということが珍しくない社会になっていくだろう。1963年に153人だった100歳以上の高齢者は、1981年には約1000人となり、1998年に1万人を突破。直近の2017年9月1日では6万7824人となっている。つまり、100歳以上の高齢者数は、20年で約6.5倍に、50年で約440倍にと激増しているのだ。
ここからわかることは、いまの日本では、仕事をリタイヤしてからの人生、いわゆる「老後」が、むかしとは比べものにならないほど長くなっているということだ。たとえば、60歳で定年退職した男性が平均寿命の80歳まで生きると、「老後」は20年間ということになる。つまり、自分の子どもが誕生してから成人するまでの子育て期間にも匹敵する長い時を、「老後」としてすごすことになるのだ。
それだけ長い老後をすごすとなれば、不安になるのは暮らしを支える資金のことだろう。老後の生活資金は、もはや年金だけでは心もとないという現実が、数字でも明らかになっている。総務省統計局の「家計調査年報(家計収支編)平成28年(2016年)」によると、60歳以上の単身無職世帯では、可処分所得が10万7648円に対して消費支出は14万3959円であり、毎月3万6311円の不足という結果が出ている。
月に4万円弱程度の赤字なら、現役のうちに準備した貯蓄を切り崩せばなんとかなると考える人もいるかもしれない。あるいは、定年退職したあともシニア向けのアルバイトや派遣の仕事などで収入を得ればいいと思うかもしれない。しかし、老後の人生が想像以上に長いものとなるならば、かなりの額の貯蓄をしておかなければならないし、高齢になればなるほど、元気に働くことが難しくなっていくのも事実だ。
また、公益財団法人 生命保険文化センターがまとめた「平成28年度 生活保障に関する調査《速報版》」によると、夫婦2人で老後生活を送るうえで必要と考えられている「最低日常生活費」の平均額は、月額で22万円だという。これは、夫が厚生年金に加入していて妻は専業主婦の家庭を想定した「モデル年金」とほぼ同じ額であるため、公的年金だけで賄うことも不可能ではない。しかし、経済的にゆとりのある老後生活を送るための費用である「ゆとりある老後生活費」の平均は月額で34.9万円となっており、この場合は、夫婦が両方とも厚生年金に加入しているか、企業年金や預貯金、年金保険などの手段で補わないと届かない金額だ。
こうした話題がニュースなどでたびたびとりあげられているからか、現役世代のおよそ8割の人が将来に不安を抱えているというデータがある。特定非営利活動法人 日本ファイナンシャル・プランナーズ協会(日本FP協会)が2016年10月に、全国の20歳以上の男女1200人を対象に行った「老後とお金に関する調査」によると、老後の生活資金に対して不安を感じる人は81.3%にものぼっているのだ。
また、この調査では不安の原因も聞いており、「老後の医療費や介護費がいくらかかるかわからない」「貯蓄ができない」「年金がもらえるのか心配」「老後資金が準備できるか心配」「家計がいつも赤字になってしまう」など、さまざまな理由があげられている。この結果からは、現役世代でも老後の資金にまでは手がまわらないという厳しい現実とともに、将来の見通しがつかないことに不安を感じている人が多いという実態が、明らかになったと言っていいだろう。
増加傾向にある「金融資産ゼロ世帯」の現実とは?
これだけ多くの人が自らの老後の資金に不安を抱えているにもかかわらず、日本では「老後の備えを何もしていない」という人が実に多い。
内閣府の「平成27年度 第8回高齢者の生活と意識に関する国際比較調査結果」によると、2015年に日本、アメリカ、ドイツ、スウェーデンの4カ国の60歳以上の男女それぞれ1000人以上に調査したところ、老後の備えを「特に何もしていない」と答えた高齢者は日本が42.7%で最も多く、20%台にとどまった他国を大きく引き離したという。
また、現在の貯蓄や資産が老後の備えとして十分かを尋ねたところ、「十分だと思う」「まあ十分だと思う」と回答したのはスウェーデンが72.7%で最も多く、次いでアメリカ(68.8%)、ドイツ(66.3%)となっており、日本は最も少ない37.4%という結果だった。
逆に、「やや足りないと思う」「まったく足りないと思う」と答えたのは、日本は57.0%に達しているが、アメリカは24.9%で、スウェーデンとドイツは20%に満たない。ちなみに、「社会保障で基本的な生活は満たされているので、資産保有の必要性がない」という答えは、最も多いドイツで14.3%なのに対し、日本は1.3%で最低である。
また、金融広報中央委員会による「家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査] 平成28年調査結果」では、「金融資産を保有していない」と回答した世帯が全体の30.9%を占めているという結果が出ている。若い世代ほど金融資産が少ないのは当然としても、60歳代で29.3%、70歳以上でも28.3%が金融資産非保有世帯である。この数字は、いわゆるタンス預金を金融資産として含まないため、金融資産が完全にゼロという世帯は実際にはもっと少ないとみられるが、こうした金融資産ゼロ世帯が増加傾向にあることは間違いないようだ。
不思議なことに、日本では多くの人が老後資金に不安を抱えているにもかかわらず、積極的にそれを解消するための行動を起こす人は少ない。漠然とした不安を抱えながらも、ファイナンシャルプランナー(FP)に相談したり、投資セミナーに参加したりといった、情報収集を行っている人は少数派だ。自分がいったい、いくらの年金をもらうのかすら、わかっていない人が大勢いるのだ。
本連載を読む方のなかに、もしそういった方がいるのなら、この機会にぜひとも変わってほしいと私は考えている。自分の将来のことを自分が知らなければ、不安は募るばかりだし、その不安の解決策を考えなければ、明るい老後を期待することなどできるはずがないからだ。
次回では、まずは現実問題として、年金制度の現状と今後について述べていこう。