今回は、オーナー経営者が引退した後でも事業価値源泉が維持される、会社の仕組みづくりの重要性を見ていきます。※本連載では、島津会計税理士法人東京事務所長、事業承継コンサルティング株式会社代表取締役で、公認会計士/税理士として活躍する岸田康雄氏が、中小企業経営者のための「親族外」事業承継の進め方を説明します。

「事業価値源握・維持する仕組み作りが必要

親族内、親族外を問わず、事業承継の準備を始めたのであれば、会社の事業価値源泉(キャッシュ・フローを生み出す経営資源)を把握し、それが後継者に承継されるような仕組みを作らなければならない。たとえば、次のような仕組みである。

 

事業価値源泉を維持するための仕組み

 

●成長が実現できるような事業戦略を立案し、それを実行できる経営者を育成すること。

●製造業の場合、既存の技術・ノウハウをマニュアル化し、OJTで技能承継するなどに知的財産の社内蓄積を図ること。

●オーナー経営者引退後に組織管理体制が崩れないよう、オーナーから従業員への権限委譲を進めること。後継者と残された従業員だけで会社経営が成り立つような組織を築くこと。

●将来的な足かせとなるような不稼働資産を処分するとともに、簿外債務を消滅させ、リスク要因を取り除くこと。

 

オーナー系企業の親族外承継(M&A)において買い手が懸念する最大のリスクは、オーナー経営者が引退することによって、オーナー個人に帰属していた事業価値源泉が消滅してしまうことである。オーナー経営者個人の営業力、技術力、経営力が失われることによって会社の業績が悪化し、事業価値が失われてしまうのではないかと心配する。

 

このため、オーナー系企業を売却する場合には、オーナー経営者が引退した後でも事業価値源泉が維持されるような仕組みを作っておかなければならない。つまり、社長がいなくなっても会社が機能する体制を築いておくことである。

 

社長がいないと営業ができない、仕入先との交渉もできない、このような状況では、とても引退はできない。

 

親族外承継(M&A)に伴って売り手であるオーナー経営者が引退すると、通常は新しい経営者が買い手側から派遣されてくる。会社の経理や財務など、経営の根幹に関わる部分は新しい経営者がやってくれるので心配は要らない。

 

問題は現場である。特に創業オーナーの場合、現場を知り尽くしているため、これまで何かと従業員の仕事に口出しをしたり、現場の第一線に立ったりと、社長の陣頭指揮のもと現場が回っていたことであろう。これがそのまま放置されているようでは、会社から引退することができないはずである。

 

いずれにしても、オーナー経営者は、親族外承継(M&A)に伴って会社経営から引退する。そこで、最終的に会社から離れるときが来るまでの間は、買い手側から送り込まれる新しい経営陣と残された従業員との関係を築く役割や、動揺する社員の気持ちを安定化させる役割を果たさなければならない。

優秀なナンバーツーを育成し、オーナーの穴埋めを

一般的に、社長が抜けても機能する会社は、番頭の役割を果たすキーパーソンが存在する会社である。

 

誰もが認めるようなナンバーツーは、副社長、専務や常務といった役員クラスにいるだろう。存在感のあるナンバーツーがいて、精神的な支柱として新しい社長を迎える社内の雰囲気づくりをうまくリードしていくことができれば、円滑な社長交代につながる。

 

親族外承継(M&A)の前に、そのようなナンバーツーを育成しておくことが必要である。親族外承継(M&A)を決断したオーナー経営者は、速やかに、自分がいなくなっても会社が機能する体制の準備に取りかからなければならないのである。

 

また、オーナー経営者が営業などの実務面においても活躍していたのであれば、その穴を埋める必要がある。社長の実務面の穴を埋める役割については、ナンバーツーが引き受けるのではなく従業員でカバーできるようにしたい。

 

社員への引継ぎができるまで時間がかかるようであれば、退任する社長の引継ぎ期間を長めに設定する必要がある。その場合には、オーナー経営者には、長めの引継ぎ期間を設けて、当面の間は後輩の育成に専念する必要があるだろう。社内に実務を引き継げる従業員がいない場合には、買い手側から必要な人材を送り込んでもらうしかない。

 

このように、オーナー個人に依存している会社の売却を行う場合、オーナー経営者が抜けた穴を埋めることができる人材を計画的に育成しておかなければならない。通常は、社長よりも若い世代の従業員の中から複数のキーパーソンを養成しておくことが重要である。そうしたキーパーソン達に権限を移譲し、組織的な経営管理体制を構築できれば、当然会社の収益性も向上する。

 

以上のように、社長が一人で何もかもやっているような、実質的には個人商店のような会社は、事前に組織的な経営体制に移行しておかなければならないのである。

 

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