年俸15%アップ提示の「大量引き抜き事案」が発生
研修当時は、そうはいっても中国も日本もそんなに変わらないのではないかと思っていたZさんだったが、英語・中国語・日本語の3ヶ国語を使いこなし、MBAも取得している中国人エリートが現地の人脈も利用しつつ、戦略的なビジネス展開を繰り広げていることに衝撃を受けた。
負けていられないとZさんは思った。
彼が上海で改めて感じたのは、意思決定のスピードの重要性だった。
〝Fast eat slow〟(スピードの速いやつが遅いやつを食っていく)
研修で徹底的に叩き込まれた格言だったが、実際に目にするそれは想像をはるかに超えていた。中国ではとても速いディシジョンメイキング(決裁)が日常化している。日本の本社に打診していたのでは間に合わないこともしばしばだった。
あるとき、ころころ変わる法律について中国人の同僚にこぼした。ところが中国人マネージャーは気色ばんで答えた。
「何をいってるんだ。アメリカ企業や韓国企業はすぐに対応しているじゃないか。日本だけだよ、こんなに意思決定が遅いのは」
まさにそれを象徴する出来事が起こるとは、そのときは思ってもみなかった。
きっかけはフランスのライバル企業の参入だった。いつか来るだろうとは思って対抗策は考えていたものの「まさかここまで急に」というスピードだった。
そして工場のマネージャーが憂鬱な顔で相談に来た。
「フランスの企業が仕掛けてきています」
彼はそう切り出した。
「うちの50人の技術者に対し、人材紹介会社を通じて給料を確認してきています。それだけでなく、すでに15%アップの年俸も提示しているようです」
Zさんは青ざめた。
現地で働いて中国人について分かったことがある。一つはお金ですぐ動いてしまうということ、もう一つは一度決めたらあっという間に行動してしまうということだ。昔なら「金で動くなんて」と思っていたところだが、ダイバーシティの観点でZさんにはそれを理解することができていたから、中国人のやり方を非難する気にはなれなかった。むしろ自分の責任を痛感した。
Zさんはすぐさま本社にメールと電話で報告をした。
「なんとしても50人を引き留めたい」
だが本社役員からの返事はとても悠長なものだった。
「2週間後の経営会議にかけるから、それまで待て」
2週間後では間に合わない。Zさんは電話でしきりに訴えたが分かってもらえなかった。
もう人材紹介会社から多くの従業員がオファーを受けているのだ。裏もとれている。このままでは2週間後には6割以上の社員が辞めてしまうだろう。
年俸18%アップとトレーニングプログラムの導入で対処
Zさんは悩んだ。
いまここでできることはすべてやった。仮にまずい事態になったとしても自分の責任は問われないだろう。昔の自分だったら諦めたかもしれない。
だが・・・。
Zさんは翌日の飛行機で日本に飛んで帰った。そしてクビを覚悟で役員室に飛び込んだ。
「いま決めなければ中国の工場は間違いなく崩壊します。対処するのか否か、いますぐ決断してください。対処の戦略はできています」
結局、18%アップの年俸と新しいトレーニングプログラムの導入を勝ち取って帰ったZさんを、工場のマネージャーが感嘆の顔で出迎えてくれた。
前任者は「何かあってもいずれ日本に帰ればいいや」という発想だったがZさんは違う。きちんと自分たちのことを考えてくれている。そういう表情だった
もちろん技術者の流出は食い止められた。そして、Zさんと現地社員との間には、目に見えない絆がたしかにうまれたのだった。
Zさんは、自らの工場を守るためには何をしなければならないかというビジョナリーシンキングと、そのために自分ができること、すべきことは何かというセルフエンパワーメントを非常に高いレベルで身につけていたといえるだろう。
さて、あなたの前には大きな道が拓けている。これまでと同じように国内だけを見て暮らしていくのもいいが、その気になればグローバルな舞台で活躍することもできる。私にできるのは道を指し示して、こういうことだけだ。
次はあなたの番だ。