所有者は侵害者に「侵害」を止めさせることができる
前回の続きです。
2 所有権に基づく物上請求権
仮に特定空家等に該当しない場合には、市町村は手が出せませんので、あなたと空き家所有者との個人的な問題となります。
民法に明確な条文はありませんが、物の所有権の効力として、これに対する侵害行為が生じた場合には、この侵害を排除するために、物の所有者は侵害者に対して侵害を止めさせることができると考えられています。これを物上請求権といいます。この中には、①返還請求権(相手方に物の返還を求める)、②妨害排除請求権(相手方に物に対して現に行われている侵害行為をやめさせる)、③妨害予防請求権(相手方がこれから行おうとする侵害行為を事前に阻止する)の3つがあるとされています。本件では、妨害予防請求が問題となります。
3 妨害予防請求権の要件
傾いている空き家をこのまま放置するとあなたの土地に侵入するわけですから、その時点であなたの土地の所有権が侵害されることとなります。このような場合に、将来の所有権侵害を阻止するために建物がこれ以上傾斜してこないよう相手方に請求し、傾斜防止のための措置を求めることが認められています。これが妨害予防請求と呼ばれる権利です。この権利は民法上の条文はありませんが、判例上は認められています(最判平24・9・4(平22(ク)1198))。
なお、妨害予防請求をするには、以前に現実に妨害されたという事実は必要ありませんが将来の妨害の可能性が大きい場合に認められますので、多少の傾斜では認められないものと思われます。
4 相手方に対する訴訟
かなり傾いてきているにもかかわらず、相手方が何らの手段もとらず放置している場合には、相手方に補修の措置をとるよう裁判を提起しなければなりません。そのためには、建物のどの部分にどのような工事をして欲しいのかを提訴の段階である程度特定しておく必要があります。
相手方が判決に従わない場合、代替執行が可能に
5 代替執行(民執171①)
仮に相手方が裁判所の判決に従わない場合は、建物が倒壊する可能性が増大することになります。そこであなたは、相手方が判決に従わない場合には、裁判所の許可を得て本来相手方がするべき措置を相手方に代わって行うことができます。これが代替執行と呼ばれるものです。なお、執行にかかった費用は、相手方が負担することとなります。
6 仮処分
裁判に長期間かかる場合、裁判中に建物が倒れてきては裁判の意味がなくなってしまいますから、裁判の結論が出る前でも倒壊防止の措置をしてもらう必要があります。このような場合、暫定的措置として相手方に倒壊防止措置を施すよう裁判所に求める方法があります。これが仮処分と呼ばれる方法です。
仮処分申請は、申請書に裏付資料をつけて地方裁判所に提出することとなります。裁判所で仮処分決定が出れば建物所有者に対して予防措置をとるように命令されることになります。この場合には、あなたは裁判所に指定された保証金を裁判が確定するまでの間預けておくことになります。
なお、仮処分の申立ての趣旨は、以下のようなものとなると考えられます。
債務者は、この決定送達の日から5日以内に、別紙物件目録記載の建物の東側壁面(別紙添付図面中赤線で表示する部分)に、別紙工事目録記載のとおりの亜鉛鉄板工事をせよ
債務者が上記期間内に上記補修工事をしないときは、債権者は、〇〇地方裁判所の執行官に債務者の費用で上記工事をさせることができるとの裁判を求める。
参考判例
●公有水面埋立法2条1項の免許を受けたものは、公有水面の埋立てを妨害しようとする者に対して、妨害予防請求権に基づいて、妨害禁止の保全命令を得ることができるとした事例(最判平24・9・4(平22(ク)1198))