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ヘルメスの相続…7〈終戦〉

複雑な株の持ち合いは何を意味しているのか・・・? アウトローの公認会計士・岸一真が暴き出した驚愕の金融トリックとは・・・? 本連載は、完全犯罪崩壊までの息を呑む攻防を描く瞠目のクライムサスペンス、宮城啓の小説『ヘルメスの相続』を一部公開いたします。今回は、第7回です。

 主な登場人物 

 

盛りのついた猫の唸り声が耳についた。風が一段と増し、雨戸がガタガタと鳴りやまない。どうしようもない焦燥感が、定吉の胸を襲った。

 

額の汗を乱暴に拭い、落ち着きのない表情で真っ暗な空を見上げる。まだだろうか。もう終わってもいい頃じゃないか。

 

灯籠の灯が、今にも消えかかっていたちょうどその時だった。

 

「ギャー」

 

獣の叫び声だろうか。定吉は辺りを見回した。山ではない、家の中からだ。まずい。見つかったか。

 

夜陰に紛れて盗みに入り、山中に逃げ去ると聞いている。こんな田舎なら警察だっていないし、隣家だって遠く離れているから心配いらないと言っていたのに。

 

ウォーというけたたましい咆哮が、耳を貫いた。

 

廊下をドタドタ走る音。バタンという雨戸の倒れる音。それに混じり、絶叫が続けざまに母屋から響き渡る。

 

定吉の胸が張り裂けそうに高ぶった。麻の白シャツが、汗でべっとりと体に張り付く。顎の震えが収まらない。

 

きっと、家の中ではまずいことになっているんだ。乱闘になっているのかもしれない。

 

その瞬間、パチパチと何かが弾ける音が聞こえ、煙のくすぶる臭いがしだしたかと思うと、裏手から火の手が上がったのが見えた。海からの強風で見る見るうちに勢いが増し、炎が空に舞い上がる。いきり立つ炎は暗闇を真っ赤な地獄へと変え、屋敷のすべてを飲み込もうとしている。

 

全身が炎にあぶられ、定吉はとたんに目の前の惨状に恐れをなした。

 

いったいどうなっているんだ。なぜ火が上がっている。盗みだけじゃないのか。

 

「おい、逃げるぞ!」

 

連れの男の声がした。裏口から駆けて来たようだ。その背後に二人の人影。両方とも男だ。一方は片足を引きずっている。その男と目が合った。なんであいつがここに。

 

「おい、何やってんだ。急げ!」

 

連れの男は焦っていた。背後の二人は林の暗がりに消えようとしている。もう一人、跪(ひざまず)いて苦しそうに嘔吐している男の姿が見える。炎で照らされた彼らの全身が、血潮で真っ赤に染まっていた。

 

「どうしたんだ。奴ら、血だらけじゃないか」

 

定吉は腰が抜け、身動きできなかった。

 

「そんなことはどうでもいい。早く逃げるぞ!」

 

連れの男が定吉の腕を掴み上げる。

 

それを振りほどき、恐る恐る声を出した。

 

「殺(や)ったのか?」

 

男は舌打ちし、唾を吐き捨てる。

 

「おい、答えろよ」

 

その時、定吉の視線があるものを捉えた。

 

燃え盛る炎の中に何かがある。

 

定吉は立ち上がり、じっと見つめる。

 

声が出なかった。身動きできず、ただそれを見ていた。

 

人だ。崩れた建物から這い出たところで、力尽きているんだ。

 

髪も衣服も焼け焦げ、身体全体が真っ黒になっている。

 

「勝手にしろ」

 

男は定吉を置いてその場を去った。

作家
税理士 

1960年生まれ。早稲田大学卒業後、世界4大会計事務所の一つに入社。国内大手証券会社でIPOコンサルティングやプライベートバンキング業務に従事した後、税理士法人を設立し代表社員に就任。税理士。上場会社のMBO第三者委員、買収防衛策独立委員など歴任。2014年、『マモンの審判』(幻冬舎)でデビュー。

著者紹介

連載ヘルメスの相続

 

ヘルメスの相続

ヘルメスの相続

宮城 啓

幻冬舎

複雑な株の持ち合いは何を意味しているのか? アウトローの公認会計士・岸一真が暴き出した驚愕の金融トリック。完全犯罪崩壊までの息を呑む攻防を描く瞠目のクライムサスペンス! 「財務コンサルタント」を生業とする公認会…

 

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