「それで、どういう用件なんだ」
「その前に、私はクライアントよ。仕事が欲しければ、私の前でタバコはやめて頂戴」
今の俺にはカネが必要だ。アメリカ人ほど高飛車にはなれない。この状況で突っぱねれば、元も子もなくなるかもしれない。
「本当にあんたが仕事の依頼でここに来たのなら、話に乗ってあげてもいい」
「仕事よ。れっきとした仕事。永友さんから聞いていないの?」
「携帯に着信があったようだが、連絡がつかない。だから俺にはあんたが何者なのかわからない」
彼女は大きく息を吐くと、説明するのも面倒だと言わんばかりに眉根を寄せた。
「私のパパ、アントニー・ジョーンズは、永友さんのニューヨーク勤務時の上司よ。パパから永友さんにお願いして、あなたを紹介されたの」
アントニー・ジョーンズという名を聞いてまさかと思って訊いてみた。
「ベイリーインターナショナルの?」
「そうよ。あなたのいた監査法人の上部組織よ」
予想が的中し、深いため息をつく。その状況を察したのか、レイラの態度がさらに大きくなったように感じた。アントニー・ジョーンズとは、ニューヨークに本部を持つ会計事務所系ワールドファーム、ベイリーインターナショナルの幹部だ。東亜監査法人はそのメンバーとなっている。つまり、親会社と同レベルの上部組織。永友はかつて、東亜監査法人のニューヨーク事務所に赴任していたことがあった。その頃から、アントニー・ジョーンズとの付き合いがあるのかもしれない。とすると、次期CEOを狙う永友にとって、彼女は粗末に扱えない上顧客ということになる。
パスポートの開示を要求しようと思ったが、仮にそれが事実だった場合の永友の立場を考えて思い留めた。心の中で舌打ちし、タバコを灰皿に押しつけて、ソファーに背を預ける。レイラは片方の口の端を吊り上げ、誇らしげな表情をした。
「依頼内容は何だ」
「彼が行方不明なの。ニューヨークを発つ直前までは連絡がついたんだけど、日本に着いて連絡したら、携帯が繋がらなくて……」
彼女の話はこうだった。
彼女の恋人コナー・ガルシアは元新聞記者で、今はフリージャーナリスト。日本での取材がてら、レイラと一緒に日本観光を楽しもうと計画を立て、コナーは一週間前に来日。レイラは一昨日、成田に到着し、すぐに携帯に連絡したが繋がらず、落ち合う予定の渋谷のホテルに行ったものの、コナーは昨日チェックアウトしたと、ホテルフロントから聞かされた。今も携帯は繋がらないまま、行方がまったく掴めないのだという。
「で、そのコナー・ガルシアを捜してほしいと」
「そうなの。私、日本に知り合いはいないし、パパに頼んだらあなたが何とか助けてくれるはずだって言って」