ヘルメスの相続…4〈終戦〉

複雑な株の持ち合いは何を意味しているのか・・・? アウトローの公認会計士・岸一真が暴き出した驚愕の金融トリックとは・・・? 本連載は、完全犯罪崩壊までの息を呑む攻防を描く瞠目のクライムサスペンス、宮城啓の小説『ヘルメスの相続』を一部公開いたします。今回は、第4回です。

 主な登場人物 

 

五反田の山の上にある榊木邸は、成金らしく贅を尽くした洋館で、調度品もすべて舶来品だというから驚きだ。壁には隙間なく絵画が飾られ、至る所に骨とう品が並んでいる。昨日は、俺の背丈よりも高い、見るからに重そうなものを運び込んでいやがった。白い布で覆っていたから中身はわからねえが、あれはおそらく彫像だ。榊木本人の銅像だったら笑えるが、こんなご時世にそんなくだらねえ物を作りやがって、まったく腹の立つ奴だ。

 

男は、ここに来るたびにむしゃくしゃして、胸糞が悪くなる。俺だってこんな豪邸に住みてえ。だが、貧しい小作人上がりの身じゃあ、どうすることもできねえ。実家は食い扶持にも困るありさまだったから、学校にもろくに行かせてもらえなかった。腕っぷしとずる賢さと運だけで生きてきた。だが、所詮、貧乏人は貧乏人だ。この世の中のカネは、ずっと同じところを回ってんだ。その流れを変えなきゃあ、こっちにカネなんか回っちゃあ来ねえ。だから変えるんだ。それも手っ取り早くな。

 

取り留めもなく考えていると、正面玄関に黒塗りの車が到着した。来た。井上だ。

 

庭に隠れていた男は、すぐさま邸(やしき)の茂みを抜け、一階の一番奥にある榊木の書斎の窓の下に移動し、身を潜めた。西洋式の出窓は、夏のため開け放たれている。

 

井上が最近ここに現れ、榊木と書斎に籠って打ち合わせをしていることは、ここにいる奉公人から聞いていた。だがそれは、ここのところ矢継ぎ早に発表されるGHQの経済政策が気になった井上が、榊木に会社の対応を促しているだけだ。俺たちの企てがばれるはずがねえ。

 

書斎のドアが開く音が聞こえた。

 

「見ましたよ。玄関ホールに置いてあったもの。例のブロンズ像ですよね」

 

井上の言ったのは、たぶんあの白布に覆われた代物のことだ。

 

「ああ、そうだ」

 

やっぱり銅像か。あんなもの、どうすんだ。

 

「ようやく出来上がったんですね。早く中を拝みたいものです。で、あれをどこに?」

 

「バルコニーに取り付ける予定だ」

 

「それはいい。遠くからでもよく見えます」

 

馬鹿馬鹿しい。そんなもの誰が見るか。

 

「でも、大変だったでしょう。まだ金属類も不足しているでしょうから」

 

「それはそうだが、こんな時だからこそ、気持ちを新たにするためにはあれが必要なんだ」

 

「まあ、お兄さんのやることだから何も申しませんが。ところで話は変わりますが、今日の朝刊は見ましたか?」

 

「財閥指定のことか?」

 

「ええ、そうです」

 

その話題を待ってたんだ。四大財閥の次は新興財閥にメスが入り、徐々に、財閥解体の対象となる企業の範囲が拡げられているが、今日の新聞には榊木実業の名は載っていなかった。

作家
税理士 

1960年生まれ。早稲田大学卒業後、世界4大会計事務所の一つに入社。国内大手証券会社でIPOコンサルティングやプライベートバンキング業務に従事した後、税理士法人を設立し代表社員に就任。税理士。上場会社のMBO第三者委員、買収防衛策独立委員など歴任。2014年、『マモンの審判』(幻冬舎)でデビュー。

著者紹介

連載ヘルメスの相続

 

ヘルメスの相続

ヘルメスの相続

宮城 啓

幻冬舎

複雑な株の持ち合いは何を意味しているのか? アウトローの公認会計士・岸一真が暴き出した驚愕の金融トリック。完全犯罪崩壊までの息を呑む攻防を描く瞠目のクライムサスペンス! 「財務コンサルタント」を生業とする公認会…

 

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