その後、一一月に入り、四大財閥の解体が決定。その保有資産の凍結が進められ、徐々に財閥に対する包囲網が確立されていった。
日本の財政は急坂を転げ落ちるように悪化し、物価上昇と相まって、経済は最悪な状態になっていく。
そして、年が明けた昭和二一年二月一六日の夕刻、全国民が驚嘆する、ある施策が政府から発表された。
預金封鎖である。
国民の生活は混乱し、筆舌に尽くしがたい困窮が、大波のように押し寄せた。
それから数か月後。
榊木実業の役員室に足を運んだ男は、持っていた新聞を応接テーブルに放り投げ、革張りのソファーに腰を埋めて、テーブルに足を投げ出した。机で書類を見ていた秦は、その姿を見て顔を歪める。
「秦さん、あんた大したもんだぜ」
無言のまま、秦はまた机の上の書類に視線を落とす。
「GHQは、これまでのところあんたの言った通りに動いている。俺たちもそれに乗って、うまくやってるってもんだ」
秦の立案した行動計画は、流石に抜け目のない完璧な計画だと、その男は感心していた。こいつの言った通りにやっていれば絶対にうまくいく。たんまりカネが入ってくる。
秦は、不安げに額の汗を拭った。
「最近、井上が頻繁に出入りしている。何か嗅ぎつけたのかもしれない」
榊木実業の顧問弁護士、井上篤。若いがなかなかのやり手で、頭も切れる。だが、まだ肝っ玉がちっちぇえ。
「そりゃあ、弁護士だからな。それに榊木の義弟でもあるんだから、あんたの提案を相談するだろうよ。だが考えすぎだ。大丈夫、榊木はあいつには話さねえ。誰にもわかりゃしねえさ」
「そうだろうか」秦はまた汗を拭い、吐息をつく。「失敗したら私は首どころか、刑務所行きだ。ちゃんと榊木の身辺に目を光らせてくれ」
男は首を振り、つまらなさそうに舌打ちした。こいつが取り乱して、計画が誰かにばれたりしたら元も子もねえ。
「わかってるよ。今日もこの後、榊木の身辺を探る予定だ」