「いい税理士さん、いないですかねえ?」
季節は冬から春へ、そして夏へと移り変わり。僕の会社は、お金が残らないだけでなく、しだいにいつ潰れてもおかしくない虫の息の状態になっていきました。
そのため、経費を少しでも減らそうと、小さい事務所へ移転することにしました。家賃は6万円と格安ですが、防音や断熱などとは無縁の築40年の物件です。
関係各所への支払いは相変わらず滞ったままでしたが、5月に「母の日」という花屋にとっては1年で最大のイベントがあったので、まとまったお金が銀行の口座へと入金され、資金繰りも首の皮一枚でつながっています。
そんなある日、ネットショップを経営している仲間と話をしていたときに、税理士の話題になりました。僕は話に合わせるべくなんとなく、「いい税理士さん、いないですかねえ?」と口にしました。
すると、知り合いの女性の経営者Nさんが「ネット通販などの会計に精通している、スゴ腕の税理士さんがいるよ。私もその人にお願いしているの」と、身を乗り出しながら目をキラキラさせて僕に言うのです。
正直、税理士をお願いする金銭的な余裕はなかったのですが、万策尽きた僕にとっては「スゴ腕」という言葉は、なんともいえない魅力的な響きでした。しだいに、なけなしのお金を払って攻める最後の一手という気持ちになり、またNさんには大変お世話になっていたので、それならばということで税理士を紹介してもらうことにしました。
事務所のエアコンをMAXにしても、室温が30度よりも下がってくれないくらいの真夏の暑い日。今日は14時過ぎに、紹介してもらった税理士さんが事務所に顔合わせに来る日です。
「どんな人が来るんだろう?」と、ドキドキしながら待っていたら、14時ちょうどくらいに「ピンポーン」とベルが鳴りました。
ドアを開けると、「はじめまして。Nさんからご紹介いただいた税理士ですが。いやあ〜、暑いですねぇ〜」と言いながら、ぷっくりとふくれたお腹の男の人が立っています。
税理士さんの口もとは笑っているのですが、メガネ越しに見える目は笑っておらず、ちょっと怪しい感じの雰囲気。若干だらしなくも感じる安っぽい服装なんですが、いかにも高そうなカバンを持っています。
この人、いったい何者なんだ? というか、大丈夫なんだろうか? 「スゴ腕」ということで切れ者風の、もっとこうシュッとしたイメージの人を想像していたのですが、なんとなく頼りなさそうです。
一抹(いちまつ)の不安を抱えながらも、「こちらへどうぞ」と、その税理士さんにソファに腰かけてもらいました。
「なんとかなるんで大丈夫ですよ」
僕は「すみません。古い事務所なんで、クーラーがあまり効かなくて・・・」と言うと、税理士さんからは「いやぁ、すみません。デブなもんで。汗が止まらないんですよ」と冗談か本気かよくわからない答えが。
思わず僕もうなずきそうになってしまいましたが、さすがに「そうですよね」
とも言えず、笑ってごまかしました。
そして、どんどん不安になっていく気持ちを抑えながら「信頼できる人からの紹介なんだから、きっと大丈夫」と、自分に言い聞かせました。
挨拶もサッと済ませ、税理士さんは「では、決算書を見せていただけますか?」と早速言いました。僕は用意していた3期ぶんの決算書を手渡すと、税理士さんは手際よくパラパラと決算書をめくります。
僕は、こういうとき、何をしながら待っていればいいのかわからないので、ただただ相手の顔色をうかがうばかりです。
税理士さんは、とくに深刻そうでも、落胆するわけでもなく、かといって安心しているという顔でもなく、時折電卓を叩いては、数字をチェックしています。
10分ほど決算書を眺めていたでしょうか。ポンと決算書を置き、税理士さんは僕のほうを向いてこう言いました。
「なんとかなるんで大丈夫ですよ」
僕はそのひと言で、かえって不安になりました。今までいろんな人のアドバイスを聞いてもうまくいかなかったので、人の話を素直に受け止められなくなってもいたからです。
だから、何も知らないくせに軽々しく「大丈夫」と答える、この税理士さんが怪しくてなりませんでした。
(続)