今回は、宝石「ストロベリー・クォーツ」にまつわる誤解を見ていきましょう。※本連載は、日本彩珠宝石研究所の所長で、独自にコレクション収集も行う飯田孝一氏の著書、『宝石Q&A』(亥辰舎)より一部を抜粋し、宝石に関する様々な疑問についてQ&A方式で答えます。

ストロベリー・クォーツは一種のイメージネーム!?

Q:複数のストロベリー・クォーツが売られています。どれが本物なのですか。

 

A:本来は1つのものに対して付けられた名前です。宝石には流通名と鑑別名が一致しないものがあり、その中にはイメージだけでどんどん広がってしまう名前もあるのが現状です。

 

 

<解説>

 

鑑別ではほとんどの場合には国際的に承認された鉱物名称を使って表記しますが、お尋ねの宝石名は流通名に属します。流通名とは宝石の産地やそれに係る業者の間で使われている愛称的な名称のことです。

 

ストロベリー・クォーツは一種のイメージ・ネームで、この名前で呼ばれる水晶が初めて発見されたのは1960年初頭のメキシコでした。ごく淡い紫味を帯びたピンクの水晶の中に「ゲーサイトGoethite(針鉄鉱)」の赤い糸状の結晶が密集していて、それが光を反射して苺の繊毛を思わせました。しかしその産出量はごく少量で、まもなく市場からその姿を消してしまいます。

 

長い間幻の宝石となっていたのですが、2004年になり今度はカザフスタンで同じ様な水晶が発見されます。やはり糸状のゲーサイトが密集していますが、こちらの石ではレピドクロサイトも見られます。全体の色はオレンジ色がかっていて、この名前が生まれた時のイメージとは大きく違っていましたが、それでもゲーサイトがインクルージョンとして含まれている点は同じでした。

 

その後立て続けに数種の石がストロベリー・クォーツと呼ばれて市場に現れてくる様になります。ピンク色のマイカ(雲母)が入っているもの、マンガンを含むエピドートを含んでいるもの等、そのどれもがクォーツという成分を母体としているというだけで、最初のものとはなんら共通点のないものでした。

 

これはピンクという部分だけに解釈の基準がずれ、ストロベリーという部分の名前借りで、この名前が生まれた原点が忘れられている事を証明しています。

メキシコ産、カザフスタン産ともに「絶産状態」

<かんたん宝石学>

 

“ストロベリー・クォーツはアメシストにはなれなかった”と言えば分かり易いかと思います。成長する水晶中に含まれていた鉄分が、紫の色にならずにゲーサイトとして結晶してしまったものです。

 

最初に発見されたメキシコの石は、生地がほんのりと紫味を帯びています。水晶の結晶構造中に入りこんでアメシストの色になるはずの鉄分が、ゲーサイトとして形成された事を物語っています。かなり特殊な環境での成長です。

 

カザフスタンの石は「レピドクロサイトLepidochrocite(鱗鉄鉱)」が混ざっていますが、紫味がなく鉱床のタイプは異なる様です。的を射る名前を付けられながら、双方は共に絶産状態です。そこに起こる事は当然“名前借り”でした。

 

しかしそのどれ1つをとってみても、名称の根拠となったインクルージョンが存在していません。『チェリー・クォーツ』『ピンク・エピドート』、さらには『チェリー・エピドート』そして『ストロベリー・マイカ』等という名前が付けられて、次々とマーケットに登場してきました。多くは単結晶の鉱物ではなく、クォーツァイトQuartzite(珪岩)やクォーツ・シストQuartzschist(石英片岩)という岩石を母体としています。

 

こうなるとさすがに次元ズレ、本末転倒で、宝石の名称付けというものは語源を重視する事がいかに大切かがわかります。

宝石Q&A

宝石Q&A

飯田 孝一

亥辰舎

宝石に関する「なーんだ、そうだったんだ!」を50個のQ&Aに凝縮しました! 天然石・宝石にまつわる疑問に、鑑別家である飯田孝一が明解に回答。間違った知識のまま広がる宝石名や、意外に知らない扱い方など、宝石ファンはもち…

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