今回は、人材不足に悩む介護業界において、離職につながらない注意の仕方を見ていきます。※本連載は、社会保険労務士、社会福祉士の資格を活かしたコンサルタントで、「福祉介護業界」に特化した人事制度や労務管理へのアドバイスを全国の顧問先で行う、株式会社シンクアクト代表・志賀弘幸氏の著書、『ビジネスとしての介護施設』(時事通信出版局)の中から一部を抜粋し、介護施設の経営改善策を解説していきます。

人手不足が、現場の「叱る力」を弱めている

「きついことを言って辞められたら現場がますます困る」

 

「注意をしたら、翌日から無視された」

 

「みんな忙しいから、ミスやクレームは仕方ない」

 

人材の確保が厳しい介護業界では、このような言葉をよく耳にします。「現場が一番大事だから、現場スタッフには言うべきことがあっても言えない」「辞められては困るので言いにくいことを言うことに何となく臆してしまう」。そんな経験をされた経営者やリーダーはたくさんいらっしゃることでしょう。

 

他の業界に比べて、介護現場では「叱る力」が特に弱いように感じています。この状況の背景には、言うまでもなく、「退職されたら困る」という心理が働いているからです。「ただでさえ忙しく、常に人が足りないから増やしてほしいと現場からの要求がある中で、さらに退職者を出したりすると現場からさらなる圧力がかかるので怖い」・・・この気持ち、よくわかります。そして私が見る限り、介護現場ではその傾向がますます強くなっています。

人材育成の視点を持ちながら「アドバイス」を

ある特養の介護部長の話です。

 

ここ最近、ベテランの主任職員のご利用者に対する言動が荒く、入浴介助、食事介助においても他の職員から「あの態度はおかしい」「部長から注意してほしい」という声が介護部長には届いていました。しかし部長は、その職員さんになかなか注意をしません。主任は勤続10年のベテラン職員で仕事は何でもこなせます。仕事をよく知っていますので、部下を指導する立場の人材でもあります。

 

部長には「きちんと仕事をしてくれれば、非常に重要な戦力だ」という気持ちが強く、「注意するよりも、自分が補佐し監視していれば大丈夫」、そんな風に考えていました。また、主任の気の強さもよくわかっていたので「注意をしてへそを曲げられたら、それこそ現場にさらに支障がでる」とも思っていたのです。でも、他の職員の不満は募るばかり。なかなか注意をしない部長のことを、他の職員はその上の役職に直訴し、研修講師である私にも相談してこられました。

 

そこで、私が伝えたのは次のような言葉でした。

 

「言うべきことはしっかりと伝えてください。他の職員が部長に対して不信感を持ちますよ」

 

その部長がハッとしたのは、「他の職員からの不信感」という言葉でした。叱ることが苦手な部長です。性格は非常に穏やかで優しい方です。「叱る」というのも苦手なようでしたので、私からはまたこうアドバイスをしました。

 

「『叱る』というより『指導する』『アドバイスする』というイメージで伝えてみましょう。『いけないことはいけない』とそのまま言葉にするといいのです」

 

その際に重要なのは、必ず「人材育成」という視点を持ちながらアドバイスする、ということです。

 

「なぜアドバイスしているのか」

 

「あなたに成長してほしいから」

 

ということが伝わるようにすることが大切です。それが伝われば「アドバイス」「叱る」が「信頼関係」に発展することもあります。

 

最近の管理職研修は「叱り方・誉め方」というテーマでのご依頼も多く、介護業界のみならず他の業界でも管理職が「叱れない」「誉められない」という悩みを抱えておられることがよくわかります。

 

特にゆとり世代に対して「叱る」ことに、多くの管理者が非常に苦労しています。少しきついことを言うだけで「パワハラ」などと申し出てくる社員もいますから。確かにゆとり世代には「叱られ慣れていない」という特徴があります。学生時代に先生から叱られたことがないという社員もいるので、叱られることに対する免疫がない、ということを管理者自身が理解しなければならない時代になっています。

 

「誉めるときはみんなの前で」「叱るときは別室で個別に」という基本原則も押さえておく必要があるでしょう。

ビジネスとしての介護施設

ビジネスとしての介護施設

志賀 弘幸

時事通信出版局

職員が辞めてしまう原因は、あなたかもしれません。 介護サービスを提供する経営者・幹部の必読書。 こんなことに心当たりはありませんか? ・きついことを言うと辞めてしまうので叱れない ・「施設長」「リーダー」「ス…

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