重要なのは「保険証券の文面」だが…
補償範囲を決定する最も重要な要素は、もちろん、保険証券の文面である。しかし、保険証券の文面の解釈・適用は必ずしも容易でない場合が多く、異なる状況下での事業に対するさまざまな理解・予測、法慣習及び異なる文化的な観点に影響されざるを得ない。
このため、紛争解決に向けた裁判所及び準拠法の選択によって、結論が大きく影響される可能性がある。これは、保険契約者と保険会社がしばしば異なる管轄地を本拠とし、補償対象の事業が別の管轄地に所在する可能性がある保険分野にとっては特に重要な点である。
通常、保険証券では、補償範囲について紛争が生じた場合どの法が適用されるか、あるいはどこで判決が下されるかを特定していないことが多い。その理由については次のとおりである。
すなわち、保険は国際的な事業であるため、管轄又は準拠法を特定してしまうと、保険会社が保険を売りにくくなってしまう。
このため、国際的な保険の販売の先駆者となったロイズは、保険契約者の母国の裁判所の管轄に服することに保険業者が合意する旨の条項を、長期にわたって保険契約に入れている。
この条項は、保険契約者は英国で訴訟を提起しなければならないという異議をロイズが申し立てることはない、との保証を与えている。補償範囲について意見の相違がある場合、ロイズを法的に追求するのは困難であるという世界各地の保険業者の主張に対し、保険商品の販売を促進するために、ロイズはこうした文言を入れたのである。
今日では、アジア、ヨーロッパ及び北米に保険の主要市場がある。保険契約者は、保険を選択する際に、特定の市場に制約されるわけではない。
例えば、日本の会社が米国、ドイツ、英国に本拠を置く保険会社から保険を購入することも珍しくない。こうした環境では、補償範囲についての紛争で、裁判所や法の選択が重要な問題となる可能性がある。
そして、ある管轄地(必ずしも保険契約者の母国の管轄地とは限らない)の法が別の管轄地と比べて有利である可能性があるため、どこで訴訟を提起し、どの法を適用するかを決定する前に、関連法律法規を詳しく調査することが重要である。
判例がどの程度、有利だったかの観点に基づき「より有利な」管轄地を確保しようとして、あるいは「母国裁判所によることの利点」を確保しようとして、保険契約者や保険会社が法廷地について争うことは珍しくない。
その結果、当事者間で発生した紛争につき、複数の裁判所、異なる管轄地、異なる裁判官を前にして争われることもよくある。
そうした場合、通常、少なくとも裁判の開始当初の段階で、複数の裁判所の管轄権について、またforum non conveniensの法理(管轄権を有する裁判所でも、当該案件を扱うのにより適切な管轄権を有する別の裁判所に紛争解決を譲る可能性があるとの考え方)について、激しい議論が行われる。
裁判所は管轄地を考慮する上で、法廷内での当事者の物理的な存在あるいは活動の「影響」など、多くの要因を考慮する可能性がある。
裁判所は一般的に、forum non conveniensの法理に対応する際に、訴訟の結果、複数の管轄地においてどのような得失があるのか、法廷内外での証人の存在や証拠の出所、どの法廷で訴訟を行うのが当事者にとってより便利かなど、さまざまな要素を考慮して、その法廷が「適切である」かどうかを決定する。
米国の法理学では、自らが管轄権を有することが判明した裁判所は、その管轄権を保護する義務があるとしている(※1)。
(※1)Neuchatel Swiss Gen’l Ins. Co. v. Lufthansa Airlines, 925 F.2d 1193,1194(9th Cir. 1991)
当事者は、ある裁判所に、別の裁判所の管轄権に従うよう説得できない場合、訴訟差止命令(一方の裁判所による、相手方当事者がもう一方の裁判所で引き続き訴訟を行うことを禁止する命令)を申し立てる場合がある(※2)。
(※2) Laker Airways Ltd. v. Sabena, Belgian World Airlines, 731 F.2d 909(D.C. Cir. 1984)を参照
しかし、最終的に当事者は、複数の管轄地での訴訟を行い、その費用を負担しなければならない可能性もある(※3)。
(※3)Amchem Products Inc. v. British Columbia( Workers’ Comp’n Bd.)[, 1993年]1 S.C.R. 897を参照
カナダの最高裁が、当事者は2か所の管轄地で実際に訴訟を起こすことができるものの、最初に下された裁判所の判決が拘束力を有するものとして扱われるであろうと述べたことに留意する必要がある。
自社の利益を守るためには、戦略の早期構築が必要に
留意すべきなのは、管轄の選択は、通常、重要な要素であるものの、必ずしもどの法が適用されるかを決定するものではないことである。
管轄地によって、紛争にどの法を適用するかについてのルールは異なる。特に米国では、50州それぞれ、さらにコロンビア特別区も自身の法規、そしてコモンローを有することから、幅広い法の選択があり得る。
そのため、裁判所は、紛争に関連する当事者や事業が完全に米国内に限られている場合でも、「どの法廷を選択するかの争い」を解決することに慣れている。
これまで米国のほとんどの裁判所は、契約が行われた場所(通常、契約を行うために必要な最後の行為がなされた地と定義される)の法廷の法を適用してきたが、今日では大半の州で、両当事者の本拠、契約の遂行場所、損失が生じた場所、そして、その他さまざまな要素を考慮した、より精緻なテストを行っている。カナダの裁判所でも、米国で行われているものと類似した、さまざまな要素を考慮したテストが行われている。
裁判所は、一旦、管轄権を引き受ければ、その管轄権を誠実に行使するだろう。保険の補償範囲に関する国際的な訴訟では、2つの裁判所が管轄権を主張し、国際礼譲の原則から他の裁判所への服従が求められているにもかかわらず(※4)、管轄権を行使し続けることも珍しくない。
(※4) 一例として、著書が主要な役割を果たした、カナダのある会社が米国で被った損失に関する損害賠償責任保険(証書は、英国、カナダそして米国の保険会社が発行)の請求に関する訴訟がある。この訴訟は米国及びカナダの裁判所で 同時に提起された(Teck Metals Ltd. v. Certain Underwriters at Lloyd’s, London, et al., No. CV-05-411-LRS(U.S. Dist. Ct., E.D. Wash.), and Lloyd’s Underwriters v. Cominco Ltd., Teck Cominco Ltd., et al., No. S056205( B.C.S. C., Vancouver Registry))。
このような場合、当事者としては先に判決を下してもらうためにかなり策略的な動きを見せることがある。既に述べたように、当事者が、相手方に外国の管轄地で手続を行うことを禁じる命令を出すよう裁判所に求める場合さえ存在する(上記のLaker Airways事件を参照)。
このような状況においては、自社の利益を守るため、紛争解決に向けた戦略の早期構築が非常に重要となる。