前回は、近代美術から現代美術への流れとフランスの芸術家・デュシャンの試みを解説しました。今回は、現代美術との比較から、改めて「近代美術」の魅力を見ていきます。

デュシャン以後、最重要視されるようになった「概念」

デュシャンのレディ・メイド(既製品)作品は、現代美術(コンテンポラリー・アート)の扉を開きました。以後の芸術は、画家の手仕事から作り出される作品そのものよりも、まずどのような意図で何を伝えるかというコンセプト(概念)こそが最も大事とされるようになります。

 

アメリカに移住したデュシャンと、その後継者たちによって作られていったのが、コンセプトを重視するアメリカの現代美術でした。しかし、そこには、フランスの近代美術にあった、作品を見て鑑賞し言葉にできないものを感じ取る楽しさが欠けていると私は感じています。そもそも、美術におけるコンセプト重視の流れは、ピカソのキュビスムから始まっています。ピカソは、芸術家がいかにして作品を生み出すかを、コンセプトに求めて、それを追求した画家でした。

 

一方、当時の二大巨頭のもう一方のマティスは、色彩や線を通して、作られた作品が鑑賞者に与える意識の動きを追求しました。作品を間に挟んで、芸術家と作品との間のコンセプトを追求したのがピカソで、作品と鑑賞者との間のミステリーを探求したのがマティスです。この違いはそのまま、アメリカとフランスの現代美術の違いにもつながっています。ピカソに端を発するコンセプチュアル・アートが極北まで突き詰められた後は、もはや運動というものがなくなってしまいました。いわば、イスム(主義)の終わりが来たのです。

 

それは、何らかの主義や主張のもとに芸術家が集まって運動をする時代の終わりでもありました。以降、現在まで続く現代美術は、それぞれの画家が、それぞれの価値観に基づいて、自由に作品を制作するような状態になっています。

鑑賞者の自由が優先される現代の美術界だが…

画家ごとに思いや主張があって、多様化する価値観の中でどれが正しいとかどれがいいとかを誰も言えず、何でもありで、鑑賞者の自由に任せられているのが現代の美術界です。それは決して悪いことではありません。二つの大戦間の1920年代に、フランスで花開いたエコール・ド・パリもまた、特定の主義・主張を持たず、それぞれの作風で、自由に絵画を描いた画家の集まりでした。

 

窮屈な官製のサロンやお仕着せの絵画技法、権威的な美術批評などにとらわれず、個々の芸術家が思うがままに絵を描き、作品を発表できる―実現されるのであれば、これほど良い時代はないと言っていいでしょう。しかし、正直なところ、私には一抹の寂しさが残ります。なぜなら、私は近代美術の中に厳然として存在する価値にこそ魅力を感じるからです。

 

その価値とは、純粋に見ることで得られる喜び、鑑賞の楽しさ、作品を通して芸術家の意図や内面を読み解くという芸術の本質的価値のことです。私は、やはり絵画とは、言葉で語れないもの、視覚でしか表現できないものに画家が託したメッセージを感じ取るところにこそ楽しさがあると考えています。

 

また、筆者著書『「値段」で読み解く魅惑のフランス近代絵画 』で取り上げてきた画家たちの作品にはこの本質的な芸術的価値が備わっているからこそ世界中の人々を魅了し、時を経るに従ってますます高額を支払っても手に入れたいという欲求が高まるのです。そして、そのような鑑賞方法を最大限に許してくれるのが、フランス近代絵画です。

 

取り上げてきた19世紀から20世紀のフランスでは、さまざまな画家が、悩み、苦しみながら夢を追っていました。それは、画家が、職人(アルチザン)から芸術家(アーティスト)になった時代でもありました。

 

また、今では美術史に名を残す巨匠たちが、若い頃、貧困と闘いながらも夢と希望を抱いてダイナミックに生き、歴史をつくった時代です。その生き様が作品に刻みつけられています。だからこそ、いちばん画家が輝いていた時代ともいえるのです。

本連載は、2017年4月28日刊行の書籍『「値段」で読み解く魅惑のフランス近代絵画 』から抜粋したものです。最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

「値段」で読み解く 魅惑のフランス近代絵画

「値段」で読み解く 魅惑のフランス近代絵画

髙橋 芳郎

幻冬舎メディアコンサルティング

ゴッホ、ピカソ、セザンヌ、ルノワール、ゴーギャン、モディリアーニ…“あの巨匠”の作品に、数十万円で買えるものがある!? 値付けの秘密を知り尽くしたベテラン画商が、フランス近代絵画の“新しい見方”を指南。作品の「値…

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