芸術は最も高尚な「大人の遊び」
人は太古の昔から絵を描いてきました。人類最古の絵画だといわれる洞窟壁画は、4万年前の旧石器時代に描かれたものだといわれています。フランスには有名なラスコー洞窟の壁画があり、牛や馬や鹿の絵が描かれています。
人類は、洞窟壁画を描くことによって、他の霊長類とまったく違う進化の道筋をたどることになりました。畏怖という感情は霊長類にもあるでしょう。しかし、それが安堵に変わった時、人類だけが笑うことで感情を表現します。
その感情の延長線上に、歌ったり踊ったり、何もない壁に絵を描いたりする遊びが発展して、文化が生まれたのだと考えます。人間だけが行う「笑い」、喜びの感情表現こそが文化の源流だと思います。内発的な遊びとしての絵を描くという行為こそが、霊長類と人類とを分ける進化の大きな分岐点でした。
こうしたことを鑑みても、絵を描くことは、人間の本能的な営みだといえます。人間だけが、おのれの手を使って美術品を生み出してきたのです。私は、芸術は、最も高尚な大人の遊びだと考えています。そして、遊びは人生に欠かせません。なぜならば、遊びは人生に活力と夢を与えてくれ、心と人生を豊かにしてくれます。だからこそ、芸術は楽しいのです。
ローランサンを買い求めた、ある婦人のエピソード
長年、画商をしてきて、私には忘れられない思い出がいくつかあります。私がこの業界に入って間もない頃の話です。あるご年配のご婦人が店にいらっしゃいました。お声をかけると「ローランサンの絵はありますか?」と尋ねてこられました。
私が「ローランサンをお探しなのですね」と言うと「ええ、孫に買ってやろうと思って」とおっしゃいます。「お孫さんがローランサンをお好きなのですか」と聞くと「孫は生まれたばかりの赤ちゃんですの」と言われます。
どういうことかとお聞きすると「嫁いだ娘に女の子が生まれたんだけど、本来はひな人形を買ってやるでしょ。でも娘の住まいはマンションでひな人形を飾るスペースもないし、出し入れも大変でしょ。だからひな人形の代わりにローランサンの絵を持たせてやろうと思って」とおっしゃいます。
また「私はローランサンが好きなので、孫に持たせてやれば、私がいなくなっても持たせてやったローランサンの絵を見て私のことを思い出してくれるんじゃないかと思ってね。それにローランサンを見ていて絵の好きな子になってくれるといいでしょ」と言うのです。
結局、その方はマリー・ローランサンの描いた美しい女性の絵を購入されました。大人になったお孫さんは、きっとおばあちゃんの若い頃をその絵に重ねて見ることでしょう。