「絵はお金で買えるが、お金では買えない絵もある」
いささか謎めいた見出しをつけてしまいましたが、よく考えれば当たり前のことです。すべてが一点ものの美術品である絵画は、所有主がその作品を売りに出さなければ、決して買うことはできません。
そして『モナ・リザ』や『アヴィニョンの娘たち』のように、ひとたび公的な美術館の所有物となってしまえば、半永久的に売りに出されることはありませんから、個人コレクターがそれを入手できる確率は、天文学的に低くなります。
絵画とは、お金で売買される資産である以前に、全人類共通の文化遺産であり、何人たりとも、札束を積み上げて横面をひっぱたくようなやり方で、自分のものにすることはできないのです。
私は本書で、絵を換金できる資産としての見方を開陳してきましたが、金銭価値は美術品にとっては本来、副次的なものです。繰り返しになりますが、美術とは文化であり、文化は決してお金に換えられるものではありません。
ヨーロッパには、家の宝として美術品を子々孫々受け継いでいく伝統があるそうです。私も、せっかく購入していただいた絵は、末永く大切にしてもらえたらうれしいと、いつも願っています。
絵はただのモノではなく、人生の一部
以前、たしか新聞だったと思いますが、どこかでこんな話を読みました。細部には記憶違いがあるかもしれませんが、ご容赦ください。
今から30年ほど前の話です。とある外交官の奥様が、ご主人の仕事の関係でドイツに在住中、現地の病院で出産することになりました。無事に出産を終えた奥様は、同日に出産されたドイツ人のご婦人と相部屋で、休んでいました。するとそこへ、日本から両親が新しいベビー服やおむつを買ってお祝いに駆けつけてくれたそうです。新しいベビー用品がベッド脇に積み上げられて、奥様は幸福に酔いしれました。
一方、同室のドイツ人のご婦人のもとにも、ご両親が訪れてベビー用品を置いていかれました。それは、清潔に洗濯されてはいたものの、使い古されて、少々黄ばんだベビー服やおむつだったそうです。見るともなしにそれらが目に入った外交官夫人は、ドイツの人は倹約家なのだと感心するとともに、真新しいベビー用品を揃えてもらえる自分に、ちょっとした優越感を覚えたそうです。
ところがその後、同室のドイツ人のご婦人が、ベビー用品を使い始めたのをよく見ると、ベビー服やおむつの一つひとつに、家紋が刺繍されていたそうです。それを見た途端、新品のベビー用品が色褪せて見え、得意になっていた自分が恥ずかしくなったそうです。
絵は、株や債券とは異なり、お金だけではなく、人々の生活を豊かにするものであるべきです。実際、純粋に金融商品としての目的で絵を購入することはお勧めしていません。たしかに近年、絵は値上がりを続けています。しかし、画商やオークション会社を通して絵を購入すれば、当然そこには手数料としての利益が含まれています。ほかの耐久消費財、自動車や家電などのように購入すると同時に価値が下がるということはないにしても、絵を買ってすぐに売ろうとすると、たとえ同額で売れたとしても、手数料分は持ち出しになってしまうのです。
ですから、絵を買う時には、一生大切にできそうなものを選んでください。そして、自分が亡くなる時には、お子さんたちにその絵を遺してあげてください。その際に、絵にまつわる思い出話も一緒に語ってあげるとなおよいでしょう。私はこれまでに、さまざまなお客様にお会いしてきました。どの方にとっても、所有している絵には、たくさんの思い出が詰まっています。そのような話を聞くたびに、絵はただのモノではなく、人生の一部なのだと感じます。