今回は、「あおむく【仰向く】」を解説します。※本連載は、元小学館辞典編集部編集長で、辞書編集者として多数の辞書作りに携わってきた神永曉氏の著書、『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信出版局)の中から一部を抜粋し、変化し続ける「ことばの深さ」をお伝えします。

辞書は「漢字」、新聞は「平仮名」と表記が異なる

あおむく【仰向く】〔動カ五(四)〕

 

漢字と仮名、辞書と新聞で異なる表記

 

顔や物などの表面または前面が上を向くことを「あおむく」と言うが、この語を書くとき、「あおむく」と仮名書きにするだろうか、それとも「仰向く」と漢字で書くことが多いだろうか。

 

仮名書きにしても漢字で書いてもどちらも間違いではないのだが、辞書と新聞とでは、立場が違うのである。

 

辞書は「仰向く」と漢字派、新聞は「あおむく」と平仮名派である。なぜそのようなことになるのか。

 

『日本国語大辞典』によれば、「あおむく」は古くは「あふのく」で、「あふ」は「仰ぐ」の語根、「のく(仰く・偃く)」も仰ぐ意で、その「あふのく」が「あふぬく」に転じ、さらに「仰向く」と意識されて音変化を起こしたものかとある。「語根」とは、単語の意味の基本となる、それ以上分解不可能な最小の単位のことである。また「のく」は、今までいた場所から離れる意味の「のく(退く)」とは別語である。これを「仰向く」と表記するようになったのは、近世中期以後のようである。

 

新聞などで「あおむく」を仮名書きにしているのは、この語が以上のような経緯で生まれた語であることを勘案して、「仰向く」と書くのは本来的ではないと判断したからかもしれない。ただし、一般的にはどうかというと、「仰向く」と漢字で書く方が圧倒的に多そうである。

「あお」の読みが使えるのは「仰ぐ」の場合だけ?

ちなみに、「仰」は常用漢字であるが、訓として載せられているのは「あおぐ(仰ぐ)」と「おおせ(仰せ)」だけである。つまり「あお」の読みが使えるのは「仰ぐ」の場合だけで「仰」の字は「あおむく」には使えないと考えるのが普通である。従って、ほとんどの国語辞典は「仰向く」の表記欄で、「仰」には「常用漢字表」に掲げられた音訓以外の読み方であることを示す記号が付けられている。

 

ただ、私が調べた限りでは、唯一『岩波国語辞典』(岩波書店)では「仰向く」にその記号を付けていない。どうしてなのか、その理由を知りたいところである。

 

□揺れる読み方

 

凡例の読み方はこちら

さらに悩ましい国語辞典

さらに悩ましい国語辞典

神永 曉

時事通信出版局

朝日、読売、クロワッサン、各地方紙が絶賛! 新聞各紙コラムに引用された「悩ましい国語辞典」(5刷)の第2弾! 日本最大の辞書「日本国語大辞典」編集者はまだまだ悩んでいる! 言葉の謎はさらに深まる! そんたく…

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