今回は、日本を取り巻く「地域的経済統合」の現状と問題点を見ていきます。※本連載は、大阪府の有名高校の教諭を歴任し、現在は大阪府立天王寺高等学校の非常勤講師を務める南英世氏の著書、『意味がわかる経済学』(ベレ出版刊行)の中から一部を抜粋し、経済学の基礎知識をわかりやすく説明します。

経済統合のみならず、政治統合の調整も進むEU

EUの出発点となったのは、ヨーロッパから戦争をなくすことでした。大陸の2大国であるドイツとフランスは国境を接していることもあって、最近100年余りのあいだに3回の大戦争をしています。このドイツとフランスを仲良くさせるにはどうしたらいいか。そんな発想から第二次大戦後、ヨーロッパを統合する計画が持ち上がったのです。1967年、ECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)、EEC(欧州経済共同体)、EURATOM(欧州原子力共同体)の3つが統合され、EC(ヨーロッパ共同体)が発足しました。その後、1992年にはマーストリヒト条約が成立し、翌1993年にECはEU(欧州連合)となりました。

 

現在28カ国が加盟し(2015年)、経済的統合に加えて、政治統合を目指すための調整が進められています。2002年からは共通通貨であるユーロが流通しはじめました。もし、完全な経済統合が完成すれば、ヨーロッパはいわば「ヨーロッパ合衆国」となり、それぞれの国はちょうどアメリカの州のような存在になります。しかし、加盟国のあいだでの経済格差や、域外からの移民や難民の受け入れをめぐる対立など多くの課題があり、統合の前途は多難です。

EPA締結のネックは日本の「農業自由化問題」

日本はWTOの原則の一つである「多角主義」を重視する立場から、1990年代までFTA(自由貿易協定)には批判的でした。しかし、NAFTA成立(1994年)後、世界的に自由貿易協定が急増してきたこともあり、日本も政策転換を図ります。日本は2002年、シンガポールとのあいだに自由貿易協定を結んだのを皮切りに、積極的にFTAに取り組むようになりました。また、最近はFTAではなくEPA(経済連携協定)も増加しています。

 

日本がEPAを結ぶうえで最大のネックになっているのは、日本の農業自由化問題です。WTOの協定では、自由貿易協定締結の要件として、「すべての貿易について10年以内の関税撤廃」を明記しています。たしかに日本の農産物の平均関税率は、ほかの先進諸国と比較して突出して高いというわけではありません(図表)。しかし、日本はコメ778%、バター330%、小麦120%など、一部の農産物に対して非常に高い関税をかけています。そのため、これを撤廃すれば日本の農業が大きな打撃を受けるとして、農業団体は貿易自由化に強く反対しています。

 

一方、こうした考え方に対して、戦後の日本農業は保護して甘やかしてきたからダメになったのであって、試練を与えればむしろ成長すると主張する人々もいます。

 

[図表]各国の農産物平均関税率(貿易加重平均2014年)

(資料:農林水産省)
(資料:農林水産省)

 

そうしたなかで2015年に大筋合意されたのが、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)です。TPPは、もともとはシンガポール(工業国)、ブルネイ(資源国)、チリ(農業国)、ニュージーランド(農業国)のあいだで関税撤廃を目標にスタートした自由貿易協定でした。のちにアメリカ、オーストラリア、日本など12カ国が参加するようになり、交渉が進められました。TPPが発効すると、その経済規模(=GDP)は世界全体の4割を占める巨大なものとなります。関税撤廃により貿易の自由化が進めば、日本からの輸出が増大すると期待される一方で、日本の農業や医療保険制度に深刻な影響が出るのではないかと心配されています。

本連載は、2017年5月25日刊行の書籍『意味がわかる経済学』から抜粋したものです。最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

意味がわかる経済学

意味がわかる経済学

南 英世

ベレ出版

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