「将来、お父さんの会社を継ごうとは思わないの?」
「(今年の夏は慌しく過ぎたな……)」
正道はそんなことを思いながら、再び病院に足を運んだ。
父親が倒れた原因は一過性脳溢血(のういっけつ)発作だということがわかった。医者によれば、治療しないで放っておくと、少なくない確率で三か月以内に脳梗塞(のうこうそく)を発症する可能性があるという。
さすがのカリスマ社長も、自らの病状にショックを隠せずにいた。それでもすぐに会社の心配を口にした。
「作業は滞りなく進むだろうが、品質改善の要求や試作の対応なんかは俺がいないと話にならない。それに銀行とのやりとりもな」
「五十嵐さんがいるじゃないか。それに青島さんだって」
「工場長はここ数年動きがにぶくなってね。特に、お客様からの強い要求にはなかなかうまく対応できないのよ。しょうがないから今はみんなの教育係みたいになっているわ。青島君も頑張ってくれているけどね。どうしても工場長や古株に遠慮しちゃうところがあってね……」
困り顔の母親の横で、父親はベッドから体を起こし、腕を組んでしばらく黙っていた。
「正道、あなた、今じゃなくてもいいのだけど……将来、お父さんの会社を継ごうとは思わないの?」
「興味は無理やり持つもんじゃない」
病室に、父と母と息子である自分。母が初めて、二人ではないところで会社を継ぐことについて切り出した。こんな状況になった上、先日、青島との間でも少しだけその話題に触れた。何も意識していないわけではないが、イエスともノーとも言える状態ではないことだけは確実だった。なにか言葉にしようと思ったところで、父親が先に口を開いた。
「男が一度決めた道をおいそれと変えるもんじゃない。それに、大鉄鋳造は、俺が創って俺が育てた会社だ。俺以外に誰も舵(かじ)取りなんてできやしない。青島や他の者でもいいが、ふさわしいと思える人間が現れたら、そのとき考えればいい話だ。それに裕美、まだ俺は全然やれるぞ。そんなことを口にする段階じゃない」
「そんなことないわよ。川口の中でも『事業承継』って結構な話題になっているのよ。郷田鋳造所(ごうだちゅうぞうしょ)さんだって半年前にそんな話をしてたじゃない」
「郷田はオヤジが七十になって、息子も四十半ばだろ。当たり前の代替わりだ」
正道は、先日受けたセミナーの内容はやはり身近な話なのだと改めて思った。
「正道、今の仕事面白いんだろ?」
「もちろん面白いよ。ただ、身内のことだし、興味がないわけじゃないよ。社長の家族にとって事業承継は一大イベントだしね」
「利いたふうな口をきくな。興味は無理やり持つもんじゃない」
鋭い一言だった。簡単に自分の心の中を見透かされた気がした。