今回は、事業を承継するか否かで揺れる二代目の様子を見ていきます。※本連載では、プレジデント ディシジョン パートナー代表・中小企業診断士の小島規彰氏の著書『会社を継ぐあなたが知っておくべき事業承継そのプロセスとノウハウ 「ストーリー+解説」で理解する32のポイント』(青月社)の中から一部を抜粋し、主に二代目経営者の方を対象に、事業承継のポイントを超実践的なノウハウをストーリー仕立てで紹介していきます。

「将来、お父さんの会社を継ごうとは思わないの?」

「(今年の夏は慌しく過ぎたな……)」

 

正道はそんなことを思いながら、再び病院に足を運んだ。

 

父親が倒れた原因は一過性脳溢血(のういっけつ)発作だということがわかった。医者によれば、治療しないで放っておくと、少なくない確率で三か月以内に脳梗塞(のうこうそく)を発症する可能性があるという。

 

さすがのカリスマ社長も、自らの病状にショックを隠せずにいた。それでもすぐに会社の心配を口にした。

 

「作業は滞りなく進むだろうが、品質改善の要求や試作の対応なんかは俺がいないと話にならない。それに銀行とのやりとりもな」

 

「五十嵐さんがいるじゃないか。それに青島さんだって」

 

「工場長はここ数年動きがにぶくなってね。特に、お客様からの強い要求にはなかなかうまく対応できないのよ。しょうがないから今はみんなの教育係みたいになっているわ。青島君も頑張ってくれているけどね。どうしても工場長や古株に遠慮しちゃうところがあってね……」

 

困り顔の母親の横で、父親はベッドから体を起こし、腕を組んでしばらく黙っていた。

 

「正道、あなた、今じゃなくてもいいのだけど……将来、お父さんの会社を継ごうとは思わないの?」

「興味は無理やり持つもんじゃない」

病室に、父と母と息子である自分。母が初めて、二人ではないところで会社を継ぐことについて切り出した。こんな状況になった上、先日、青島との間でも少しだけその話題に触れた。何も意識していないわけではないが、イエスともノーとも言える状態ではないことだけは確実だった。なにか言葉にしようと思ったところで、父親が先に口を開いた。

 

「男が一度決めた道をおいそれと変えるもんじゃない。それに、大鉄鋳造は、俺が創って俺が育てた会社だ。俺以外に誰も舵(かじ)取りなんてできやしない。青島や他の者でもいいが、ふさわしいと思える人間が現れたら、そのとき考えればいい話だ。それに裕美、まだ俺は全然やれるぞ。そんなことを口にする段階じゃない」

 

「そんなことないわよ。川口の中でも『事業承継』って結構な話題になっているのよ。郷田鋳造所(ごうだちゅうぞうしょ)さんだって半年前にそんな話をしてたじゃない」

 

「郷田はオヤジが七十になって、息子も四十半ばだろ。当たり前の代替わりだ」

 

正道は、先日受けたセミナーの内容はやはり身近な話なのだと改めて思った。

 

「正道、今の仕事面白いんだろ?」

 

「もちろん面白いよ。ただ、身内のことだし、興味がないわけじゃないよ。社長の家族にとって事業承継は一大イベントだしね」

 

「利いたふうな口をきくな。興味は無理やり持つもんじゃない」

 

鋭い一言だった。簡単に自分の心の中を見透かされた気がした。

本連載は、2016年10月27日刊行の書籍『会社を継ぐあなたが知っておくべき事業承継そのプロセスとノウハウ 「ストーリー+解説」で理解する32のポイント』(青月社)から抜粋したものです。著書である小島規彰氏のコンサルティング経験に基づいて書かれたフィクションです。登場する個人名・社名は架空の名称であり、実在する特定の人物とは関係がありません。

会社を継ぐあなたが知っておくべき 事業承継 そのプロセスとノウハウ 「ストーリー+解説」で理解する32のポイント

会社を継ぐあなたが知っておくべき 事業承継 そのプロセスとノウハウ 「ストーリー+解説」で理解する32のポイント

小島 規彰

青月社

どんな業種、どんな規模の会社にもいずれは訪れる、「事業承継」という一大事。特に中小企業においては “親から子へ" の継承がいまだに多くを占めていますが、近しい関係であるがゆえの難しさもあり、経営者にとって大きな悩…

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