企業の存続に大きく影響する「事業機会」の察知能力
標準的な経営学の教科書によると、企業は経営環境の変化に影響を受けます。経営環境とは、政治(法律、制度)、経済(為替、金利、株価)、社会(人口、文化、宗教)、技術(技術革新)を示します。企業が持続的に成長していくためには、経営環境に適応して生き抜かねばなりません。
事業機会(ビジネス・チャンス)とは、この経営環境の変化に伴って立ち現れると言われています。その意味では、ビジネスで成功を収めたりイノベーションを起こしたりする場合には、機敏に事業機会を察知できるかどうかが重要となります。
他方、逆の意味も存在します。経営環境の変化に伴って、従前の製品やサービスが意味をもたなくなってしまう可能性も秘めています。例をあげれば、フロッピーディスクやポケットベルのような製品が市場から淘汰されてしまったことがあげられます。
このように、経営環境の変化に伴う機会や脅威に感受性高く対応することができるかは、企業の存続に大きな影響を与えるといえます。
後継者の「事業機会への認識」が薄くなりやすい理由
ファミリービジネスの事業承継において、事業機会の認識の観点から考えていくことにしましょう。
企業のおかれる状況によって異なりますが、一般的にファミリービジネスの後継者は、新たな事業機会の認識に迫られにくい傾向があるようです。その理由は、先代世代によって既に確立された事業や製品サービスなどがあるからです。その意味では、ゼロから事業を立ち上げるベンチャー企業家の方が、事業機会の認識にハングリーであるといえるでしょう。
ファミリービジネスの後継者は、現経営者の恩恵に預かれるが故に、事業機会を認識する感受性を弱まってしまう可能性があります。それだけではなく、脅威(ビジネスリスク)に対する察知能力を鈍らせてしまうことにも繋がります。先代世代からのレガシーが存在するが故に、特に後継者が若い時代には次期経営者としての事業の当事者意識を芽生えにくくさせてしまう傾向があるようです。
[図表]経営環境とファミリービジネス後継者の関係
自社と異質な環境が、後継者の視野を広げる
それでは、ファミリービジネスの後継者の機会認識の能力をどう涵養していくべきなのでしょうか。この問いに対して、これまでのファミリービジネス研究では、様々な議論が行われてきました。そのいくつかを紹介することとしましょう。
第一に、後継者がファミリービジネスへ入社する前に他社経験を積ませるというものです。他社経験からは、自社にはない知見(製造・販売の方法、技術など)や組織文化を学ぶことができます。
第二に、後継者に自社の中で擬似的な企業家としての思考や行動を経験させる方法です。具体的には、子会社や関連会社の経営者を任せるようなやり方です。
この二つの方法は、共に自社と異質な環境に後継者を置くことで、後継者自身の視野を広げてくれる可能性があります。
他方で、外部の世界を体験させることだけで、後継者の機会認識(脅威回避)の感受性を高めることができるのでしょうか。特に老舗ファミリー企業の場合、創業以来の商慣習や技術などが存在しており、無条件に新しい発想や価値観を持ち込むだけでは意味をなさないことが多いようです。
筆者の研究によると、後継者の語りからは、自社の文化や組織の特性を理解することで、何が必要で何が必要でないかの峻別する能力が高まる様子が示されています。このことは、ゼロから事業を立ち上げるベンチャー企業家にはない制約といえるかもしれませんが、視点を変えれば優位な点であるといえるかもしれません。
老舗ファミリー企業の場合は、創業以来の商慣習や技術などが存在しているが故に、後継者が経営環境から何を吸収するべきか、もしくは後継者は何を回避すべきかの指針が与えられているといえるでしょう。
<参考文献>
落合康裕(2014)『ファミリービジネスの事業継承研究-長寿企業の事業継承と継承者の行動-』神戸大学大学院経営学研究科博士論文.
嶋口充輝・内田和成・黒岩健一郎(2016)『1からの戦略論〈第2版〉』碩学舎.
落合康裕(2016)『事業承継のジレンマ:後継者の制約と自律のマネジメント』白桃書房.