「私にも休みがほしい」妻が初めて口にした定年後の希望
美紀さんが家事分担表を作ったのには、理由がありました。
「あなたが家にいるようになったら、お昼ごはんも毎日用意することになるでしょう。今まで以上に家事が増えるのは困るの」
さらに美紀さんは以前から、パートのない日に友人と出かけたり、趣味の教室に通ったりしたいと考えていたそうです。
「子どもが小さい頃は、仕事が忙しいのもわかっていたから、家のことは私がやろうと思っていた。でも、これからは自分の時間も大事にしたいの」
正志さんは、妻がそんな希望を持っていたことを初めて知りました。
総務省統計局『令和3年社会生活基本調査』によると、6歳未満の子どもがいる夫婦の1日当たりの家事関連時間は、夫が1時間54分、妻が7時間28分でした。子育て期の世帯を対象とした数値ですが、家事や育児の負担が妻に偏っている実態が示されています。
正志さん夫婦も、長年続いてきた家事の分担を、子どもの独立後も変えずに暮らしてきました。
ただ、正志さんにも言い分はありました。
「40年働いて、ようやく定年を迎えたんだ。次の日からいきなり家事の予定を決められるとは思わなかったよ」
美紀さんは少し考えてから、「それは急だったかもしれないね」と答えたそうです。
話し合いの結果、最初の1ヵ月は正志さんが無理のない範囲で家事を覚え、再雇用が始まってから改めて分担を決めることになりました。
まず担当したのは、ゴミ出しと週2回の掃除機がけ。夕食作りも、週1回から始めることにしました。
最初の料理では野菜を切るだけで予想以上に時間がかかり、後片づけまで終えると1時間半以上。美紀さんが毎日こなしていた作業の多さを実感したといいます。
「作って終わりじゃないんですね。献立を考えて、材料を買って、食器も洗う。今までほとんど妻に任せていました」
一方、美紀さんも、正志さんが慣れない家事に取り組む姿を見て、細かなやり方まで指示することは控えるようになりました。
数週間後、正志さんが夕食を作った日、美紀さんは友人との食事から帰宅し、「今日は助かったよ」と笑顔を見せたそうです。
「定年したら夫婦で旅行にでも行こうと思っていたけれど、まずは普段の暮らしをどうするか、話し合う必要があったんですね」
定年後は、夫婦が自宅で過ごす時間や生活のリズムが大きく変わります。家事の負担や自由時間について、それぞれが抱いている希望を言葉にし、働き方や体力に合わせて調整していくことが、退職後の生活を穏やかに送るための一歩となるでしょう。
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