「私にもこれからの暮らしがある」援助を断った母の本音
息子が帰ったあと、千鶴子さんは家計簿と預金通帳を広げました。
毎月の年金収入は約20万円。税金や社会保険料などを差し引いた手取りは約18万円で、日常の生活費もほぼ同じくらいです。
固定資産税や家の修繕費、冠婚葬祭など、毎月の生活費とは別に必要になるお金は、貯蓄から支払っています。
総務省『家計調査報告〔家計収支編〕2025年平均結果の概要』によると、65歳以上の単身無職世帯の1ヵ月当たりの可処分所得は平均11万8,465円、消費支出は14万8,445円で、約3万円の不足となっています。
千鶴子さんは、自分が90歳まで暮らす場合を考えてみました。
「あと16年あるんですよね。その間に家の修理も必要になるし、介護施設に入ることだってあるかもしれません」
300万円は、現在の貯蓄の約8.6%に当たります。千鶴子さんにとって、その金額を息子に渡すことは、簡単に決められることではありませんでした。
数日後、千鶴子さんは亮介さんに電話をかけました。
「この前の300万円のことだけど、やっぱり出せないわ」
「どうして? そんなに貯金があるのに」
「私には、これから何にいくら必要になるか分からないの。自分の生活は、自分のお金で何とかしたいのよ」
亮介さんは、しばらく黙っていたそうです。
「じゃあ、少しも援助してくれないってこと?」
その言葉に、千鶴子さんは胸が痛みました。
「家を買うのは応援しているわ。でも、私の貯金をあてにして計画を立てるのは、やめてほしいの」
電話は気まずいまま終わりました。
後日、亮介さんから「予算を下げて、別の物件も探してみる」と連絡がありました。千鶴子さんは少し安心したものの、息子との間にできたわだかまりが、すぐに消えたわけではありません。
「本当は、気持ちよく出してあげられたらよかったんでしょうけどね」
それでも、援助を断った判断は変わらないといいます。
「息子には息子の生活があります。でも、私にもこれからの暮らしがありますから」
なお、親から子への住宅取得資金の贈与には、一定の要件を満たす場合、贈与税が非課税になる特例があります。2026年12月31日までの贈与については、省エネ等住宅で最大1,000万円、それ以外の住宅で最大500万円が非課税となる制度です。
子どもの住宅購入を支援するかどうかは、親自身の生活設計や資産状況によって判断が分かれます。援助を前提に購入計画を立てる前に、親子それぞれが無理なく負担できる範囲を確認しておくことが大切でしょう。
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