「あなたがいてくれるから安心」母との同居を続けてきた娘
「どうせ結婚しないんだから、これからも家にいてくれればいいじゃない」
76歳の母・節子さん(仮名)からそう言われたとき、43歳の麻衣さん(仮名)は返す言葉を失ったといいます。
麻衣さんは会社員として働き、月収は額面で約38万円。結婚経験はなく、両親が建てた一戸建てで母と暮らしています。
父親は数年前に亡くなりましたが、麻衣さんはそれ以前から実家暮らしを続けていました。職場へ通いやすく、母との関係も良好だったため、特に家を出る必要を感じなかったそうです。
「家賃を払う代わりに、生活費として毎月8万円を渡していました。食材の買い出しや夕飯の支度も、できる日は私が担当していたんです」
節子さんは年金で生活しており、日常生活に介助が必要な状態ではありません。ただ、重い荷物を運ぶのが負担になり、銀行や役所での手続きも麻衣さんに頼ることが増えていました。
「娘がいてくれて本当に助かるわ」
母からそう言われるたび、麻衣さんもうれしく感じていました。ところが、最近は気になる言葉が増えてきたといいます。
「私がもっと年を取ったら、病院にも付き添ってもらわないとね」
「この家は将来あなたのものになるんだから、ずっと住めばいいのよ」
麻衣さんはそのたびに、曖昧に笑っていました。自分が今後どこで暮らし、どんな生活を送りたいのか、まだ決めていなかったからです。
そんなある日、夕食中に麻衣さんが「会社の近くにいいマンションがあるんだよね」と話しました。すると節子さんは、不思議そうな顔をしたそうです。
「どうしてわざわざ家賃を払って住むの? どうせ結婚しないんだから、ここにいればいいじゃない」
「どうせって、何?」
思わず聞き返すと、節子さんは「そんなに怒らなくても」と笑いました。
「だって、もう43歳でしょう。お母さんも一人になったら困るし、今のままでいいじゃない」
麻衣さんは、それ以上話を続けられませんでした。
「母は、私がこの先も結婚せず、ずっと実家で暮らすものだと思っていたんでしょうね。私がどうしたいかなんて、考えていなかったんだと思います」
