「これからは夫婦でゆっくり」定年退職の翌朝に見つけた書類
65歳の正弘さん(仮名)は大手企業で管理職を務め、定年を迎えました。退職金は約2,800万円。夫婦の貯蓄も約4,000万円あり、住宅ローンは完済しています。
妻の由美子さん(仮名)は63歳。結婚後はパート勤務をしながら、2人の子どもを育ててきました。現在、子どもたちは独立しています。
「これからは時間もあるし、旅行でも行こう。温泉なんかもいいな」
退職が近づくにつれ、正弘さんはそんな話をするようになりました。
退職後の夫婦の年金見込額は合計月約25万円。まとまった貯蓄もあるため、生活に大きな不安は感じていなかったといいます。
「妻も、これからはのんびりできると思っていました。お金の心配をせず、好きなことをして暮らしてほしかったんです」
退職当日、正弘さんは職場で花束を受け取り、帰宅しました。由美子さんも夕食に好物を用意してくれましたが、特別な会話はありませんでした。
翌朝、正弘さんはリビングの隅にある妻の机で、見慣れない書類を見つけます。
机の上には、賃貸マンションの間取り図と入居申込書の控えが置かれていました。
所在地は自宅から電車で約40分。家賃は月8万5,000円で、入居希望日は翌月になっています。
申込者の欄には、由美子さんの名前がありました。
「これ、どういうこと?」
正弘さんが尋ねると、由美子さんはしばらく黙ったあと、静かに答えました。
「退職したら話そうと思っていたの。私、しばらく一人で暮らしたい」
正弘さんは耳を疑いました。
「どうして? 何か不満があるなら言ってくれればいいじゃないか」
すると由美子さんは、思いがけない言葉を口にしました。
「何度も言ったわ。でも、あなたは聞いてくれなかったでしょう」
正弘さんには、妻が何を指しているのか、すぐには分かりませんでした。
