前回は、売却しづらい「コンプライアンス意識の低い」オーナーの物件について説明しました。今回は、所有不動産の「順法性」の確保が最優先である理由を見ていきます。

建築基準法に違反しているテナントビルの事例

所有する不動産の順法性が確保されていないと、とんでもないトラブルに巻き込まれる恐れもあります。法令違反があるということで、所有者側に負い目があるせいでしょうか。心にスキが生じてしまうのです。

 

私が経験したのは、ごく最近のこと。その舞台になった不動産は、東京都心のJRや地下鉄を利用できる駅近くのテナントビルです。そのビルを購入しないかという話が持ちかけられたことから、このビルに関わりを持つようになりました。

 

順法性の観点から、このテナントビルにはいくつかの問題が散見されました。一つは、先ほどの例と同様に、勝手に増築工事を実施しているという点です。このビルの場合、ビルの前面と屋上に新たなスペースを生み出していました。当然、そこも第三者に賃貸しています。都心のように賃料が高水準の場所であれば、床面積は1坪でも多い方が収益につながります。少しでもビルの収益力を高めようと、利用していないすき間を何とか見つけ出して、そこに第三者に賃貸できるスペースを生み出したのでしょう。

 

しかしこれは、先ほども説明した通り、建築基準法に違反します。建物がもともとそこで利用できる容積率を残すように余裕を持って建てられていたのならともかく、そうでない限りは、完成後に増築した部分によって建物の延べ床面積が容積率で定められた上限を超えてしまうのは明らかです。

 

もう一つの問題は、消防用設備の不足です。テナントビルのように、事務所や店舗などに賃貸するビルは、建築基準法と並んで消防法という法律で定められたルールも守る必要があります。この消防法は火災の危険から人命や財産などを守る役割を担っています。法令では、そのために必要な消防用設備の設置や維持などを関係者に義務付けています。この消防用設備とは、屋内消火栓設備やスプリンクラーなどの消火設備、自動火災報知設備のような警報設備、避難はしごや誘導灯などの避難設備の3つに大きく分かれます。

 

これらの設置に関して不備があったのです。そこで実際に火災が起きれば、被害をより大きくすることにもつながりかねません。そのようなビルを購入し、そのままテナントビルとして管理し続けることは、買い手にとって重大なリスクです。

正常な不動産取引を妨げる売り手側の「負い目」

これら順法性に欠ける点に関しては当然、是正措置を取る必要がありますから、売り手側で売却前に是正しないのであれば、その分の費用は不動産の価値から差し引いて評価しなければなりません。当然、取引が成立しても、成約価格は抑えられます。本来なら価値の高い不動産でも、そうならざるを得ません。もったいないことです。

 

ここが、売り手にとっての負い目につながります。順法性に欠けるという問題点を抱えているために不動産の価格は安くせざるを得ない、買い手は見つかるだろうか、という負い目です。現金が必要になったからこそ売りに出すわけですから、買い手が現れ、不動産を現金化することができそうともなれば、それは安心するに違いありません。

 

そこに現れた買い手とは、私です。図面をはじめ、テナントビルに関する資料は一切残っていなかったので、「デューデリジェンス」と呼ばれる建物調査を実施し、その結果を踏まえ、ビルの購入を決めていたのです。購入後に必要な改修工事を実施し、順法性を確保した上で、収益ビルとして引き続き運用することを考えていました。

 

デューデリジェンスとは、投資用不動産の世界で投資の適格性を判断するために実施する各種調査の総称です。投資家はそれに基づき、その投資にどの程度のリスクが見込まれるのかを見極め、その投資によって得られる収益との関係で、投資の適格性を判断します。

 

テナントビルの購入を決めた私は、売り手にまず手付金を支払いました。ところが、その売買仲介を任されていると思われた不動産会社が悪徳だったのです。言葉巧みに売り手をだまし、その手付金を一時的に預かる格好で詐取してしまいました。決済時期が近付いた頃、売り手から事情があって解約したいという申し入れがあったことから手付金を戻すように願い出ると、それは不動産会社を通じてすでに戻しているはず、と売り手は不思議そうに答えます。ここで事態が発覚しました。

 

最終的には、私は手付金を取り戻すことができましたし、売り手であるビルオーナーはこのビルを別の第三者に売却することができました。私も売り手も双方とも事なきを得たのですが、このような事件が生じるのはやはり、売り手側に負い目があるなかで買い手を連れてきてくれた不動産会社をうかつにも信じ切ってしまう、という事情が関係していると考えています。

 

順法性に欠けることによって生じる、不動産会社への依存心。それは、正常な不動産取引を妨げます。正常な判断の下で取引に臨めるように、所有する不動産に順法性に欠けるような点があるなら、それは早めに是正しておくことが求められます。それには当然、費用は掛かります。この例で言えば、容積率オーバーを生じさせている増築部分を撤去し、必要な消防用設備を新しく設置する費用です。それでも、順法性を確保できるようになれば、それだけ買い手の範囲は広がるし、売買仲介にあたる不動産会社にだまされるようなこともないはずです。不動産を高値で売却するために必要な投資と割り切るべきです。

本連載は、2016年6月29日刊行の書籍『はじめてでも高く売れる 不動産売却40のキホン』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

はじめてでも高く売れる 不動産売却40のキホン

はじめてでも高く売れる 不動産売却40のキホン

宮﨑 泰彦

幻冬舎メディアコンサルティング

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