前回は、不動産の高値売却のために重要な「仮測量」の実施について説明しました。今回は、売却しづらい「コンプライアンス意識の低い」オーナーの物件について見ていきます。

取引対象にならない「順法性に問題のある」不動産

不動産の世界には大手から中小までさまざまなプレイヤーが共存しています。どのような相手と日常的に仕事をしているかによって、仕事人としての倫理観や使命感は当然に異なります。私の場合、得意先が分譲マンション大手だったこともあって、大手企業にも通用する仕事のやり方を基本としています。

 

それは具体的にどのような場面で表れるかといえば、一つは分譲マンションの開発用地として大手企業に納める不動産の質です。その不動産を買い受けるか否かを、その企業では社内で検討し結論を出します。そのときのハードルが、大手は中小に比べ高く、厳しい目で審査されます。それを、不動産の売り手として経験してきました。

 

そうした経験から売却しづらいと考える不動産の一つに、順法性に問題のある不動産を挙げることができます。順法性とは法令を順守しているということ。大手を中心に企業社会ではいま、「コンプライアンス(法令順守)」というものが厳しく問われています。それだけに、法令違反のあるような不動産を取引対象にはできないのです。

 

東京都杉並区内で購入を持ちかけられた不動産も、そうした問題のあるものの一つです。立地条件は最寄りの地下鉄駅から歩いて1分。そこに立つ中古テナントビルを、個人のビルオーナーが、2020年東京五輪・パラリンピックの開催決定を背景とする不動産ブームに乗じて売却しようというのです。

 

しかしこのテナントビルには、いくつか問題点がありました。

 

一つは、ビルの建設時期が旧耐震基準の時代であること。旧耐震、新耐震という言葉はお聞きになったことがあるでしょう。1981年を境に、それ以前に運用されていた耐震基準を旧耐震、それ以降に運用されるようになった耐震基準を新耐震と呼んでいます。1978年の宮城県沖地震によって甚大な建物被害が生じたことから、耐震基準を改定したのです。旧耐震で建設されたビルということは、大地震によって大きな被害を受けかねないということですから、それ自体、マイナス要素として働きます。

 

これら増築部分はもちろん、撤去すれば違法性はなくなります。このビルの場合はそれで済みますが、その費用を誰が負担するかという問題は残ります。順法性が確保されていないという点はやはり、マイナス要素として認識しておくべきです。

 

さらに、建物が完成した時に完了検査と呼ばれる検査を受けていない、検査済証なしの不動産でした。これは、これまでも指摘してきたように、不動産のマイナス要素の一つです。建設当時適用されていた建築関係の法令に従っているか否か、明確ではないということになってしまいます。

 

しかも測量図も見当たらないため、実測に基づく土地の面積もはっきりしません。エンドユーザーが購入しようにも、その資金を金融機関から調達することはできないでしょう。こうした事情から、買い手の範囲は事実上、不動産のプロに限られてしまうような物件でした。

法令順守への認識が企業に比べて低い個人

問題点は、まだありました。それが、順法性の問題です。具体的には、このテナントビルでは屋上にプレハブを増設するなど勝手に増築工事を実施していました。このビルはもともとそこで利用できる容積率を使い切っています。したがって、増築工事によって床面積を増やしているということは、建物の床面積合計は容積率を基にはじき出されるその上限を超えているはずです。容積率オーバーになってしまっているわけです。これは明らかに建築基準法違反です。

 

元のビルオーナーが個人のせいか、法令順守への認識は企業社会に比べて欠けているように感じます。

 

さてこれらの問題はあるものの、不動産のプロとしてはこのテナントビルの購入を検討できると判断しました。ただその段階でもまた、別の問題が明らかになります。容積率400%が指定されている地域でありながら、いまの建築規制上のルールを踏まえると、それをまるまるは使い切れないという問題です。計算すると、利用できる容積率は280%程度。これでは将来テナントビルを建て替えたとき、ビルの床面積を減らすことになってしまいます。

 

そこで、隣地とともに仕入れて一体で開発するという前提に方針を切り替えました。幸い、隣地は娯楽施設として利用されているものの、収益が上がらないため、施設を閉鎖することが明らかでした。しかも所有者は法人ですから、測量図や検査済証など不動産売買に必要な書類はきちんとそろっています。この隣地を取り込んで一体で開発できれば敷地の条件が変わるので、適用される容積率は320%程度まで引き上げることが可能です。この前提に立てば事業性は確保できると踏んで、引き続き検討を進めているところです。

 

この例で見られたように、とりわけ個人のビルオーナーの場合、そのビルに勝手に手を加えている例が少なくありません。しかしそれは順法性を損ねる行為で、コンプライアンスを重んじるきちんとした市場では、不動産の価値を損ねることに通じます。

本連載は、2016年6月29日刊行の書籍『はじめてでも高く売れる 不動産売却40のキホン』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

はじめてでも高く売れる 不動産売却40のキホン

はじめてでも高く売れる 不動産売却40のキホン

宮﨑 泰彦

幻冬舎メディアコンサルティング

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