父が家族に黙って会社を売却した理由
茂さんは、水面下で会社の売却手続きを進めました。幸いにも長年の取引実績と優秀な社員が評価され、関心を示す企業が現れます。
しかし、いざ「売れる」とわかると、茂さんの気持ちは揺れました。会社の名前も、事務所も、社員たちの顔も、自分にとっては18年間の日常そのものです。「本当に売っていいのか」と何度も葛藤しました。
「あと一年頑張れば」という思いは消えませんでしたが、その「あと一年」を繰り返した結果、自宅まで担保に入れています。これ以上借金を重ねて会社が潰れれば、巻き込むのは自分だけではありません。
茂さんは「守りたいのは“自分の会社”なのか。それとも、社員や家族の生活なのか」と自問自答するようになりました。明確になったのは、「18年間育ててきた会社を潰した社長」になりたくないというプライド。会社を売ることよりも、自分の経営判断が失敗だったと認めることのほうが怖かったため、最終的に茂さんは売却を決断しました。条件の一つとしてこだわったのは、社員の雇用をできる限り維持することでした。
経営権を手放し、息子に継がせる未来もなくなりました。それでも会社を倒産させないことが最善だと自分に言い聞かせます。
ただ、その決断を家族に相談することは最後までできませんでした。反対されて決断が揺らぐことを恐れただけでなく、経営者としての失敗を家族に晒したくなかったからです。そしてその沈黙の代償を、茂さんは売却後に払うことになります。
「家を勝手に担保にしたことが許せない」
会社を売れば、家族を守れると、茂さんは思っていました。
息子・亮さんから責められた夜、茂さんはようやく、これまでの経緯を家族に明かしました。業績悪化に伴い借入を重ねたこと、2年前に美紀の父から資金援助を受けた自宅を担保に入れたこと、そしてそれらを隠し続けていたことを告白したのです。
話し終えると、美紀さんは憤りました。
「この家を買うとき、私のお父さんもお金を出してくれたよね。それなのに私に黙って担保にしたの?」
「……返せると思っていたんだ」
「会社が大変なら、一緒に考えればよかったじゃない。家を担保に入れるなら、なおさらでしょう」
「心配かけたくなかったんだ」
「家族のためなら、家族になにも知らせなくていいの?」
続いて亮さんも口を開きます。
「俺だって、親父が『外の会社を見てこい』っていったから、そのつもりでいたんだよ」
亮さんは父の会社を継ぐことを前提に自身のキャリアを考えていました。法的な約束ではなかったとしても、信じていた将来を事前相談もなく消されたことにショックを受けていたのです。
茂さんはそこで初めて、自分が口にしてきた「いつか継がせる」という言葉の重さを実感しました。経営者にとっては何年も先の話であっても、受け取る子どもにとっては人生設計の前提になることがあります。
茂さんは初めて会社の全財務を家族に見せました。借入金の額、自宅の担保状況、売却額、借入返済後に残る資産、そして自身が抱えていた恐れについて説明しました。
「悪かった。会社を守ることばかり考えて、家族に相談することを怠っていた」
茂さんが頭を下げると、亮さんはしばらく沈黙したのち、「俺も、会社を継げると思い込んでた。親父なら絶対にそうしてくれるって」と零しました。
美紀さんは、すぐには許しませんでしたが、「これからは、家族に関係するお金のことを、一人で決めないで」と告げました。
売却によって会社はなくなりましたが、借入を完済したうえで家族が生活していくための資産は残りました。その資産をどう管理し、今後の生活をどう組み立てていくのか。茂さんには家族とともに合意形成を図るという新たな役割が始まりました。
