SNSの反響が変えた夫婦の旅行
帰りの飛行機は、いつもどおりの普通席でした。決して不満があるわけではありませんが、行きのファーストクラスを経験したあとでは、どこか物足りなさを感じてしまいます。
帰宅後、旅の余韻に浸りながら恵子さんは普段は見る専門のSNSへ旅行中に撮影した写真を投稿しました。ファーストクラスのラウンジで撮った写真や機内食、温泉宿の料理、客室からの景色――。すると、思いのほか多くの反応が寄せられたのです。
「ファーストクラスなんて乗ったことありません!」
「素敵なご夫婦ですね。うらやましいです」
「私も今度乗ってみたいです!」
たくさんの「いいね」とコメントに、恵子さんは驚きました。たまに旅行の写真を投稿することはありましたが、これほど注目されたことはありません。2人にとって、その反応は嬉しいものでした。
翌月、今度は新幹線で行ける温泉地への旅行を計画しました。航空機のファーストクラスが印象に残っていた正彦さんは、ふとグランクラスの存在を思い出します。
「今度は新幹線の一番いい席に乗ってみるか」
グランクラスの広々とした座席と静かな車内。利用する列車によってサービス内容は異なりますが、2人が選んだ列車では軽食や飲み物のサービスも楽しめました。
恵子さんは、座席や車内での様子を写真に収め、またSNSに投稿しました。すると、今回も反響が。
「今度はグランクラスですか!」
「毎月旅行なんて、理想の老後ですね」
その言葉を見て、2人はすっかり気をよくしました。それからというもの、旅行の頻度は少しずつ増え、毎月のように出掛けるようになっていきます。飛行機を利用するときは、設定があればファーストクラス。新幹線ではグランクラス、在来線でもグリーン車を選ぶように。宿泊先も、以前なら一泊2万円ほどの温泉旅館を探していたところ、露天風呂付き客室や高級旅館を選ぶことが増えました。
もちろん、旅行そのものは楽しいものでした。しかし次第に、旅先での体験だけでなく、SNSにどんな写真を投稿できるかも気になるようになっていきます。以前なら満足していた宿でも、写真映えする設備がなければどこか物足りないのです。移動時間を短くするだけなら普通席で十分な距離でも、上位クラスを選ぶのが当たり前になっていました。
いつの間にか、2人のなかで「旅行するなら、このくらいの贅沢は必要だ」という基準ができあがっていきます。