やっと兄と母を切ることを決断も…
事態の深刻さを悟った慎二さんは、父の仏壇がある実家の居間で兄と母に向き合いました。
「兄さん、会社を辞めてくれ。母さんも、相談役を退いてほしい」
兄の月50万円と母の月20万円の報酬を打ち切る決断でした。
節子さんは「お父さんと私がこの会社をつくったのよ。それなのに、あんた一人の会社みたいに!」と憤り、慎一も「そんなに邪魔なら辞めてやる」と感情的に反発します。「身内の報酬を守るために現場のボーナスを削るのが間違っていたんだ」と訴える慎二に対し、話し合いは平行線のまま決裂しました。
最終的に兄は退職し、母も相談役を退任したことで年間840万円の固定費は削減されました。しかし、すでに手遅れだったのです。
数ヵ月後、営業課長の河本さんも退職し、競合会社へ転職しました。25年間にわたり業界知識や価格・納期、取引先の事情を熟知していた河本さんのもとに、かつての顧客がほとんど移っていきました。
競合会社に案件を奪われた慎二さんの会社は売上が著しく低下し、慎二さん自身も役員報酬を削減せざるを得なくなりました。兄とは絶縁状態となり、母からは「家族を壊した」と責められる日々が続いています。
家族を守るためのはずだった身内びいきが、結果的に会社だけでなく、その家族までバラバラにしてしまったのです。
「家族だから」を経営判断の理由にしてしまうと…
「家族に任せている仕事や報酬を見直したいが、関係が壊れそうで踏み切れない」といった相談が寄せられることがあります。
家族経営そのものに問題があるわけではありません。長年苦楽をともにしてきた家族だからこそ、強い信頼関係のもとで会社を成長させられるケースも多く存在します。今回の問題点も、兄に月50万円、母に月20万円を支払っていたこと自体ではないのです。「家族だから」「昔貢献してくれたから」という理由で、現在の役割や報酬の妥当性を検証できなくなった点が根本的な問題でした。
業績悪化時に、固定費を見直さなければならない場面は出てくるでしょう。しかしそのとき、現場の社員には我慢を強いる一方で、身内の報酬を聖域化してしまえば、社員からは「社長の家族だけを守る会社だ」と受け止められます。一度失われた社員や取引先からの信頼は、簡単には取り戻せません。
経営において、会社は家族の私物や財布ではないという認識が不可欠です。そこには社員の生活や取引先との約束、長年積み上げた信用が存在します。
「家族だから」という理由で例外を作ったとき、そのしわ寄せがどこに向かうのか。経営者はいま一度、組織内の「聖域」の有無を客観的に見直す必要があるでしょう。
萩原 峻大
東京財託グループ 代表
資産形成・経営アドバイザー
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