(※写真はイメージです/PIXTA)

定年後は都会を離れ、自然の多い場所で暮らしたい――。現役時代からそんな計画を立てる人もいるでしょう。しかし、60代は自分たちの老後だけでなく、80代、90代になった親の暮らしについて考える時期とも重なります。夫婦だけなら実現できる計画でも、家族の状況によって見直しを迫られることがあります。

「やっぱり今は行けない」89歳母を前に妻が出した答え

それでも、10年近く楽しみにしてきた計画です。浩二さんは当初、「何かあったら、そのとき戻ってくればいいんじゃないか」と提案しました。

 

由紀子さんも迷いました。

 

母親のために自分たちの老後を諦めることが正しいのか。それとも、89歳の母親を残して遠方へ移ることのほうが後悔するのか。すぐには答えが出ませんでした。

 

数週間後、由紀子さんは母親に移住について話しました。

 

「私のことなら気にしなくていいよ。せっかく2人で決めたんだから」

 

文子さんはそう答えました。その言葉を聞いて、かえって由紀子さんの迷いは大きくなったといいます。

 

数日後、母親の家を訪ねた帰り道、由紀子さんは浩二さんに電話をしました。

 

「やっぱり今は行けない。何年後になるか分からないけど、お母さんが一人でいるうちは近くにいたい」

 

浩二さんも「分かった。家を買うのはやめよう」と答えました。

 

夫婦は不動産会社に連絡し、物件探しを中止しました。現在のマンションも売却せず、そのまま暮らすことにしました。

 

「正直、残念でしたよ。退職したら海の近くで暮らすって、ずっと楽しみにしていましたから」

 

浩二さんはそう話します。

 

一方で、「あと何年待てば移住できるのか」と考えることはやめたといいます。

 

その代わり、夫婦は年に数回、以前移住を考えていた街へ旅行することにしました。1週間ほど滞在することもあります。

 

由紀子さんも、母親の生活すべてを一人で引き受けているわけではありません。必要に応じて兄弟とも連絡を取り、今後支援が必要になった場合に備えて、地域包括支援センターについても調べています。

 

「お母さんのために自分の人生を全部諦めた、とは思いたくないんです。ただ、今の私には、遠くに引っ越して何かあるたびに心配する生活より、ここにいるほうが合っている。それだけなんだと思います」

 

親が高齢になれば、夫婦自身が元気でも、住む場所を自由に決められないことがあります。一方で、親のために子どもが自分たちの生活をすべて犠牲にすることが唯一の答えでもありません。

 

地方移住をするのか、今の場所に残るのか。介護サービスやほかの家族の協力をどこまで利用するのか。親と子の距離や家族構成によって、選べる方法は異なります。老後の計画を立てる際には、自分たちの資金や希望だけでなく、年齢を重ねていく親との距離をどうするのかも、あらかじめ考えておく必要があるのかもしれません。

 

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