「私も考えてた」離婚してそれぞれが選んだ60代の暮らし
恵子さんは驚いた顔をしました。しかし、しばらく黙ったあと、「実は私も、少し考えてた」と答えました。
不仲で毎日けんかをしていたわけではありません。どちらかに新しい相手がいたわけでもありません。
ただ、子育てを終え、正志さんの会社員生活も終わったいま、これから20年、30年と同じ家で暮らすことを想像すると、2人とも「今までの延長でいいのだろうか」と感じていました。
もちろん、すぐ離婚届を出したわけではありません。自宅をどうするか、退職金や預貯金をどう分けるか、何度も話し合いました。
離婚時の財産分与では、婚姻中に夫婦が協力して形成した財産が対象となり得ます。名義が夫だけであることを理由に、退職金2,300万円を正志さんがそのまま持って離婚できるとは限りません。
2人は専門家にも相談したうえで、自宅を売却。売却代金と預貯金、退職金などを含めて整理し、それぞれの生活資金を確保しました。
厚生労働省『人口動態統計』によると、2024年の離婚件数18万5,904組のうち、同居期間20年以上の離婚は4万684組。全体の約21.9%を占めています。
離婚成立後、正志さんが借りたのは郊外にある1LDKの賃貸マンションでした。最初にそろえたのは、小さなダイニングテーブルと一人用の炊飯器です。
引っ越して数日後、スーパーで夕食の材料を選んでいると、正志さんはふと「俺、一人分の食事ってどれくらい買えばいいんだ」と迷いました。妻がしていたことを、自分でやらなければならない生活です。
「洗濯なんてボタンを押せば終わりだと思ってたけど、洗ってからが長いんですよね。干して、取り込んで、畳んで。今さら知りました」
それでも、不思議と元の生活へ戻りたいとは思わなかったそうです。
午前中に図書館へ行き、午後は近所を歩く。週に2日はアルバイトを始め、以前の同僚と飲みに行くこともあります。
恵子さんとも、子どもに関する用事があれば連絡を取ります。
「38年会社員をやって、30年以上夫婦をやった。それで定年になったとき、会社だけじゃなくて、今までの生活そのものが一区切りついた気がしたんです」
一方、恵子さんもパートを続けながら、一人暮らしを始めています。
長年連れ添った夫婦が離婚を選ぶ背景はさまざまであり、定年後に別々の道を選ぶことが誰にとっても望ましいわけではありません。離婚後には住居費や生活費をそれぞれが負担することになり、老後資金の見通しも変わります。
だからこそ、退職という大きな節目を迎えたときには、これまでの夫婦生活をそのまま続けることだけを前提にせず、これからどこで、誰と、どのように暮らしたいのかを話し合うことも大切です。正志さん夫婦にとって「第二の人生」を考えることは、夫婦で新しい生活を始めることではなく、それぞれの人生をもう一度組み立て直すことでした。
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