(※写真はイメージです/PIXTA)

高齢期の住み替えでは、買い物や通院のしやすさ、駅までの距離などが重要になります。一方長く暮らした家には、間取りや立地だけでは測れない生活習慣が根づいていることもあります。便利な住まいへ移った後になって、以前の暮らしのよさに気づくケースもあります。

手放したのは「庭」だけではなかった

戸建てに住んでいたころ、達夫さんの朝は庭へ出ることから始まっていました。

 

植木の状態を見たり、落ち葉を拾ったり、家庭菜園のトマトに水をやったりする。手入れが面倒だと感じる日もありましたが、退職後はそれが毎日の小さな予定にもなっていました。

 

千佳子さんも花を育てるのが好きで、季節が変わるたびに苗を買い、玄関先の鉢を入れ替えていました。

 

マンションにもバルコニーはあります。しかし、戸建ての庭と同じようには使えません。管理規約や避難経路への配慮もあり、大きな鉢や道具を好きなだけ置くわけにはいきませんでした。

 

「庭仕事なんて、なくなったら楽になるだけだと思っていたんです。でも、なくなってみたら、あれが結構楽しみだったんですよね」

 

さらに、マンションへ移る際にはかなりの物を処分しました。庭仕事の道具だけでなく、達夫さんがDIYに使っていた工具や、千佳子さんが季節ごとに飾っていた鉢や園芸用品も手放しています。

 

以前なら晴れた日に「ちょっと庭をやろう」と外へ出ていましたが、マンションでは目的がなければ一日中室内で過ごすことも増えました。

 

買い物は便利です。病院にも行きやすくなりました。それでも千佳子さんは、「便利になれば、その分だけ暮らしも豊かになると思っていた」と振り返ります。

 

夫婦が戸建てへ戻ることを考えているわけではありません。車が必要だった以前の生活には不安がありますし、建物や庭を再び自分たちで管理したいとも思っていません。

 

そこで達夫さんが見つけたのが、マンションから電車と徒歩で30分ほどの場所にある市民農園でした。小さな区画を借り、週に2、3回通っています。千佳子さんも近くの園芸講座へ参加するようになりました。

 

「庭付きの家を持たなくても、土に触れることはできるんですよね。引っ越す前に、そういうことまで考えていればよかったと思います」

 

国土交通省『令和5年住生活総合調査』では、住宅・居住環境について「広さや間取り」を「最も重要」とした人が11.8%で、単独の項目として最も高くなっています。住まいを選ぶ際には、周辺の利便性だけでなく、住宅そのものをどう使うかも重要な要素になっています。

 

高齢期の住み替えでは、現在負担になっているものを減らすことに目が向きやすくなります。庭の管理が大変なら庭のない住宅へ、車の運転が不安なら駅に近い住宅へという選択には、もちろん合理的な面があります。

 

一方、負担だと思っていたものの中に、日々の楽しみや外へ出るきっかけが含まれていることもあります。何を手放せば楽になるのかだけでなく、今の暮らしで残しておきたい時間や習慣は何なのか。住み替え前にそこまで整理しておけば、新しい住まいでの過ごし方も考えやすくなります。

 

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