デフレ経済の始まり
2003年4月に7607円で底を打った日経平均株価は、2007年2月から7月にかけて18300円前後まで上昇しました。この期間は、「プチ・バブル」と言われていました。
この「プチ・バブル」は期間が4年前後で短かったので、ここではこれを「プチ・インフレ」と定義します。この時期は、日経平均株価と都心の一部の不動産価格だけの上昇だったため、「資産インフレ期」として認識されましたが、広く一般的に国民が「インフレだ」と認識するには至りませんでした。
そして、2007年7月辺りから「サブプライムローン問題」が意識され始め、日経平均株価の上昇は止まり、2008年9月の「リーマンショック」に端を発する大不況へとつながっていきます。すなわち、2007年7月辺りからは、「資産インフレ」も鳴りを潜め、再び、深刻なデフレに逆戻りしたのです。
この「リーマンショック」以降と民主党政権時代は、デフレの真骨頂でした。資産も物価もデフレでしたし、世の中の活気もありませんでした。日経平均株価も7000円から11400円といった非常に低い水準でした。
その後、2012年の年末に民主党から自民党へと政権交代が起こると同時に「アベノミクス」の名称で知られる経済政策が始まり、日経平均株価は2012年10月に8534円を付けて以降、明確な上昇路線に切り替わります。
それから2026年6月の執筆時現在までには、いくつかのショック安もありましたが、日経平均株価は基調的には、ずっと右肩上がりを続けています。この間も、2022年2月の「ウクライナ侵攻」までは、日経平均株価と地価が上がっていただけで、物価は上がらなかったので、この2012年11月から2022年2月までの期間は「資産インフレ期」であったと位置づけられます。
雲行きが変わった2022年
このように、2022年の前半までは、新型コロナウイルスの余韻も残っていて、国民生活全体としてはインフレとは認識されていませんでした。
そして、2022年2月の「ウクライナ侵攻」以降、サプライチェーンの寸断などを契機に、物価も徐々に上昇を始めました。この時期から、物価のインフレも伴う本格的なインフレ期に入ったのですが、その本質的な原因は、新型コロナウイルスのせいで、世界的に極端な金融緩和を進めたことにあったと考えています。
2022年2月以降、日本も諸外国と同様に、インフレ時代に突入しました。

