「うちの子たちは仲が良いから大丈夫」と信じていた
「先生、うちの子に限って、そんなことないですわ!」
創業者である門倉正一さん(仮名・67歳)から、「自社の株式を3人の子どもに平等に承継させたい」という相談を受けたときのことです。
私が「非上場会社の株式を複数の子どもに同じように承継させた場合、将来の意思決定が難しくなる可能性があります」と説明すると、門倉さんはほんの少し鼻で笑うような、そんなことあるわけがないでしょうという表情で冒頭の言葉を言いました。
門倉さんの3人の子どもたちは仲が悪いわけではなく、家族の間に深刻な対立は見当たりませんでした。そのため、創業者である門倉さんにとって、株式を子どもたちに平等に持たせることは、経営上の判断というより親としての愛情だったのだと思います。
門倉さんはいわゆる「昭和の豪快な社長」で、一代で製造会社を築き、上場企業から仕事を請け負うまでの会社に成長させました。製造業の現場で汗をかき、社員を雇用し、取引先の信頼を積み重ねてきた人です。会社は社長の人生そのものであり、家族に残す最大の財産でもありました。
ただ、株式は預金は不動産と同じ「財産」であるだけではありません。誰を代表者にするのか、利益をどう使うのか、設備投資をするのか。会社の重要な方向を決める権利でもあります。そのため、自身の会社の株式を3人の子どもに平等に承継させたいという門倉さんの希望に対して、私は慎重にならざるを得なかったのです。
しかし、門倉さんの答えは変わりませんでした。
「そんなことで揉めるような子どもたちではないですわ」
そのとき、私も強くは踏み込めませんでした。リスクは説明したので、最終的に選ぶのは会社であり、創業者です。親が子どもを信じる気持ちを、専門家が法律を盾に頭ごなしに気持ちを否定するものでもない。そう考えたからです。
父親の死後、経営方針の違いで3人の子どもたちが対立
ところが、創業者である門倉さんが亡くなったあと、会社の空気は変わりました。
誰が経営の中心になるのか。利益を会社に残すのか、それぞれに分配するのか。新しい機械を入れるのか、今の規模を守るのか―。経営では、正解が一つに決まらない問題を、限られた時間の中で決断し続けなければなりません。
3人には、それぞれの考えがありました。そして、3人それぞれに配偶者がいました。配偶者が悪いという話ではありません。それぞれに家庭があり、生活があり、守るべき家族がいる。立場が変われば、会社の見え方も変わります。「会社全体にとって何がよいか」だけでなく、「自分の家庭にとって何がよいか」という視点が生まれるのは、むしろ自然なことです。
かつて仲の良かった兄弟の話し合いは、次第に経営方針の違いだけでは収まらなくなりました。誰が父に最も認められていたのか。誰が会社に一番貢献したのか。昔、誰が我慢させられたのか―。会社の会議のはずが、長い間言葉にされなかった家族の感情を爆発させる場になっていきました。
私が今も忘れられない光景があります。
3人は、同じ部屋に座っていました。しかし、互いに目を合わせません。話しかけても、相手に直接言葉を向けようとしない。必要な会話が、第三者を通してしか成立しない状態でした。
父親である門倉さんが生きていた頃には、想像もできなかった姿です。会社の意思決定が滞ることも深刻ですが、会社を残そうとした父親の愛情が結果として家族の関係を壊しかねない要因になってしまったことが、私には何より重く感じられました。
